8月15日は「終戦」記念日なのか?
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#32」
2022年8月15-21日
【まとめ】
・毎年この日になると、8月15日は正確には「終戦」記念日ではないかもしれないと考える。
・「敗戦」であったことを忘れてしまえば、「悲惨な戦争は二度と繰り返してはならない」という一般論で議論が止まってしまう恐れすらある。
・1945年の「敗北」の理由を冷徹に検証し、戦争の本質を正確に理解するためにも、先達が1930年代以降に犯した過ちを覚えておく必要がある。
今週は15日の「終戦」記念日で始まったが、毎年この日になると筆者には必ず思うことがある。実は8月15日は正確には「終戦」記念日ではないかもしれない、と考えるからだ。もし「終戦」が「戦争の終結」を意味するのであれば、法的には「降伏文書」に「署名」した1945年の9月2日、というのが正しい言い方だろう。
更に、誤解されたくないのでこれまで黙っていたが、「終戦」という言い方自体も気になる。「終戦」とは第三者の見方だろう。戦争を戦った当事者からすれば「戦争の終結」とは「戦勝」か「敗戦」のどちらかだ。もっとも第二次大戦後の米国の戦争は「宣戦布告」もなく、結果的にどちらが勝ったのかうやむやになることも少なくないのだが・・・。
こんなことを考えながらネット検索していたら、出るわ、出るわ、この時期になると必ず「8月15日を終戦記念日とするのは日本人だけ」などという、やや自虐的な論評が目立つ。「終戦」の時期についてはHuffington Post日本版編集部が詳細かつ興味深い記事を掲載している。筆者の独断と偏見で結論のみ簡単に要約すると、
(参考:【終戦の日】世界各国・地域ではいつなのか。世界で第二次世界大戦が“終わった”日とは | ハフポスト NEWS)
・米国等連合国(9月2日)
「対日戦勝記念日」(Victory over Japan Day=V-J Day)(例外はロード・アイランド州で毎年8月第2月曜がVictory Day?)
・ロシア(9月3日)
「対日戦勝記念日」
・台湾(9月3日)
中華民国が「抗日戦争勝利記念日」と定め、現在は「軍人節」
・中国(9月3日)
「抗日戦争勝利記念日」
・イギリス(5月8日)
1945年ドイツ降伏の翌8日が「ヨーロッパ戦勝記念日」(VE day=Victory in Europe Day) 但し、BBCは「対日戦勝記念日」(VJ Day)を8月15日としている
・韓国(8月15日)
「光復節」(日本の植民地支配からの解放を祝う日)
なるほどね。それでは8月15日または9月2日は日本にとって「敗戦」記念日なのか。色々調べてみたが、今のところ戦争に敗れた日を「敗戦」記念日としている国は見当たらない。そうであれば、日本政府がポツダム宣言を受諾し日本軍に武装解除と連合軍への投降を命じた8月15日が「終戦」記念日となっても不思議はない。
▲写真 ダグラス・マッカーサーが日本の無条件降伏を受け入れる様子 出典:Photo by Keystone/Hulton Archive/Getty Images
それでも、誤解を恐れず、敢えて筆者は「敗戦」にこだわり続ける。これは決して自虐的発想ではない。あの戦争が「敗戦」であったことを忘れてしまえば、「なぜ勝てなかったのか」という発想は決して生まれない。単に「悲惨な戦争は二度と繰り返してはならない」という一般論で議論が止まってしまう恐れすらあると思うからだ。
筆者だって戦争は戦いたくない。外務省時代はイランイラク戦争、湾岸戦争、テロとの闘いからイラク戦争まで、最近の中東での戦争の現場は他の同僚の誰よりも知っているつもりだ。当然、戦争なんて「真っ平御免」なのだが、同時に、戦争を抑止することが「如何に難しいか」も体験的に学んできた。
ウクライナ戦争の例を挙げるまでもなく、人類にとって戦争ほど、多くの人に否定されながらも常に起こり続けるものはないだろう。されば、筆者にとって「戦争」に関する教訓は、①戦争は避けるべきだが、②戦争を戦わなければならない状況は常に生起し得る、その際大事なことは、③負ける戦争を戦ってはならないのと同時に、④勝てる戦争のみを、出来れば戦わずに勝つべし、というものだ。
そのためには1945年の「敗北」の理由を冷徹に検証する必要がある。「戦争責任論」では決してない。日本で77年も平和が続いたことは慶賀すべきことだが、同時に、我々が戦争の本質を忘れてしまっている恐れもある。その本質を正確に理解するためにも、我々の先達が1930年代以降に犯した過ちを覚えておく必要があるのだ。
〇アジア
二週間前のペローシ下院議長に続き、先週末、民主党のエド・マーキー上院議員率いる議員5人が訪台、台湾当局首脳を表敬した。地域の安全保障や貿易、投資などの問題について話し合ったというが、中国は直ちに反発し、再び軍事演習を行った。台湾付近の軍事的プレゼンス強化が「常態化」することは間違いなかろう。
〇欧州・ロシア
ウクライナにある欧州最大規模の原発で戦闘が続いている。現地市長は14日、ロシア軍が原発付近を少なくとも6回砲撃したと非難、原発職員1人が死亡、数人がけがをしたと述べたそうだ。現場の戦場には両軍とも客観的判断のできる軍人がいないだろう。悲しいことだが、「大惨事」の可能性は今も消えない。
〇中東
15日はアフガニスタンの首都カブール陥落から一年となるが、現地の状況は一向に改善しそうもない。当時のガーニ大統領は国外逃亡したが、半年後ウクライナの大統領は逃げずに戦った。大統領が逃げる国など誰も助けはしない。この違いは大きいが、一般国民が犠牲になるという点では両国とも同じである。
〇南北アメリカ
FBIのトランプ氏フロリダ州邸宅家宅捜索では機密文書などが見つかったというが、真相は不明だ。トランプ氏の弁護士は「機密文書は返却した」としているが、額面通り信じる者は少ない。機密の一部がロシアに流れた可能性もあるとすら報じられたが、事実ならトランプ氏は政治的に「終わり」だろう。
〇インド亜大陸
13日、先週延期を要請した中国の調査船「遠望5」の入港にスリランカが一転同意したそうだ。米国とインドが安全保障上の懸念を表明していたが、中国側が巻き返した結果だろうか。気になるところだ。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:終戦記念日に花を据える岸田首相(2022年8月15日) 出典:Photo by Yuichi Yamazaki/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。