トランプ外交とイラン情勢:公聴会で見えた本質
執筆:宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2026#12
2026年3月23日-29日
■ 本稿のポイント
・トランプ氏の行動原理: 「考える前に話す」「まず希望を述べ、拒まれれば倍返しし、それでも駄目なら引く」という一貫した行動様式。発言より行動を見る必要がある。
・日米首脳会談報道への違和感: 日本メディアが「艦船派遣要請の回避」を成果とみなすのは本質を外している。首脳会談の本来の意義は、同盟の深化と地域の平和・安定への関与確認にある。
・日本の中東政策への根本的疑問: 日本は中東紛争を自然災害のように受け止め、受け身にやり過ごしてきた。しかし紛争は人為的災害であり、知恵と行動によって国益に変える余地がある。
2026年3月、参議院予算委員会の公聴会に参考人として出席した宮家邦彦・キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問(立命館大学客員教授)が、トランプ外交の本質とイラン情勢をめぐる日本外交の課題を鋭く論じる。「発言より行動を見よ」というトランプ分析から、日米首脳会談報道への違和感、そして1973年の第一次オイルショック以来続く日本の中東政策の「思考停止」まで——公聴会では語りきれなかった核心を、本稿にて詳述した。(Japan In-depth編集部)
トランプ氏は何を考えているのか?
今回の公聴会が開かれた時期は、ちょうどトランプ氏が「48時間以内にホルムズ海峡を完全かつ威嚇のない形で開かなければイランの電力施設に攻撃を加える」と宣言したものの、舌の根も乾かないうちに、今度は「イランに5日間の猶予を与える」「イラン側と交渉している」といった仰天発言が飛び出していたころだ。
当然、公聴会ではある委員から「トランプ氏は何を考えているのか」との質問があった。これに対し、筆者は「トランプさんについては『言うこと』よりも実際に『やること』を重視している」と答えたのだが、これでは分かりにくいだろう。ここからは、時間の関係で公聴会では言えなかった部分を書くことにしよう。
この10年間、トランプ氏の発言を聞いてきたが、筆者の結論は次の通りだ。トランプ氏は:
- 「考える」前に「喋る」傾向が強い
- 「喋る」目的は大きく分けて2つ、すなわち「自分がスポットライトを浴びるため」、または「自分を批判する者、もしくは自分を害する事象を否定するため」のいずれかだ。
- 従って、残念ながら、周到な準備を経た戦略的発言は極めて少ない。
- 事件が起きた場合、トランプ氏はまず、必ずしも事実ではない「希望」を述べる。
- 次に、相手がその「希望」を受け入れない場合、倍返し(ダブルダウン)する。
- ダブルダウンしても相手が応じない場合には、ビビる(チキンアウトする)、というのが基本である。
要するに、結局言うだけで何もしないことが多いのだ。だからこそ筆者は、トランプさんの最終的な考えを知るには彼の「行動を見る必要がある」という結論に達するのである。
何とも恐ろしい話ではないか。さすがに公聴会では言えなかったが、恐らくこれがトランプ政権で働く補佐官や閣僚たちが内心思っていることではないかと思う。かわいそうな人たちで、同情を禁じ得ない。他方、彼らもそれを承知で引き受けたのであろうから、自業自得であろう。
日米首脳会談の成果とは何か?
もう一点だけ、簡単に先週末の日米首脳会談について。日本メディアを見ていると、今回の日米首脳会談の「成果」は、アメリカからの「艦船派遣要請を回避できたこと」といった報道ぶりが目立つ。成果は艦船派遣要求の回避だって?そんなバカな話があるか。イラン戦争はまだ続くのだから、米側の立場も変わるだろう。
日米首脳会談の最大の目的は、日米同盟の深化、対中抑止を含むインド太平洋の平和と安全への関与、貿易や経済を含む二国間関係の発展を首脳レベルで直接確認し合うこと。その意味では今回も大きな成果があったと思う。相変わらず外交を「国内政局」の延長としてみる「政治部」的報道の悪弊は改まっていないようだ。
日本の中東政策はなぜ「思考停止」なのか?
ついでに言えば、筆者の見るところ、今回の教訓は、イラン情勢について日本が軍事的な問題について何の判断もできなかったことである。日本人は中東の戦争を台風のような自然の回避不能な災害だと思っている。だから、台風には備えるが、基本的にはやり過ごすのを待つ。被害が出なければ大成功という訳だ。
しかし、中東の紛争は自然災害ではなく、人為的な災害だ。人災である以上、必ず止める方法はある。知恵を出して動けば、それを国益に変えることもできる。そのことを過去50年間、日本は考えてこなかったのではないか。筆者が1973年の第一次オイルショック以来、日本の中東政策は「思考停止」と考える理由はここにある。
ロシア・メディアはイラン戦争をどう見ているか?
さて、次は吉岡明子主任研究員によるロシア関連コーナーだが、今週は同研究員がまとめた「イラン戦争は大量の兵器を吸い込む“掃除機”――ロシア・メディアより」を以下の通りご紹介する。ロシア・メディアが「イラン戦争とウクライナ戦争の関連」を如何に見ているか知る上で興味深い。
(本文)
「イラン戦争は大量の兵器を吸い込む“掃除機”――ロシア・メディアより」
ウクライナのゼレンスキー大統領は、3月18日の英BBCのインタビューで、改めてイラン危機の長期化がパトリオットなどの兵器不足を招き、ウクライナにとって大きな問題となるとの懸念を表明した。現在、パトリオットはロシアの長距離攻撃などから都市を守る防衛の要となっている。この点についてはロシア・メディアも早くから注目しており、少し前の記事だがここで紹介しておきたい。
◆「イランの掃除機:中東戦争はウクライナに何をもたらすのか――キエフは主要兵器の不足に直面する恐れ」3月6日、イズベスチヤ紙(要点)
中東での戦争は、ウクライナにとって重大な結果をもたらす可能性がある。
一つは、燃料価格の上昇がエネルギー輸入国であるウクライナにもマイナスの影響を及ぼす可能性である。
もう一つは、中東で米国製の兵器や弾薬が消費され、それらがウクライナに届かなくなることである。特に防空システムとその弾薬の不足が生じ得る。
米ロッキード・マーチン社は、年間約600発のパトリオット用弾薬と最大100発のTHAAD用弾薬を生産しているが、これはウクライナ一国分としてさえ不十分とされる。そこに「イラン戦争の掃除機」が大量の装備を吸い上げ、イスラエルや湾岸諸国とも分け合う構図が生まれている。
また、米国がイランに関する情報収集に注力することで、ウクライナは情報面での不足にも直面する可能性がある。
◆「中東での戦争が、ウクライナを防空なしの状態に追い込む可能性――防空手段の不足は交渉におけるキーウの立場をとりわけ脆弱にする」3月1日、独立新聞(要点)
防空兵器の不足は、2025年6月のイスラエル・イラン「12日間戦争」の結果としてすでに表面化していたが、現在、中東での戦闘がさらに大規模になると見込まれる中、ウクライナ軍にとって対空兵器の不足は致命的となる可能性がある。
ゼレンスキー大統領は2月のミュンヘン安全保障会議で、防空ミサイルがほとんど残っていないと認めている。
代替として供与されているサイドワインダー(AIM-9)は戦術レベル(射程15〜20km)にとどまり、「イスカンデルM」や「キンジャール」といったロシアの最新ミサイルには対応できない。
このため、ロシアが軍需産業やエネルギー施設への攻撃を継続した場合、ウクライナの防衛能力は低下し、前線での損失増加につながる可能性がある。
続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
3月24日 火曜日 デンマークで議会解散選挙
欧州委員会委員長がオーストラリア訪問、豪首相と会談
防衛・戦略フォーラムがパリで開催(3日間)
3月26日 木曜日 G7外相会談(パリ)
欧州主要10か国が参加する共同遠征部隊参加国首脳会議(フィンランド)
ヴェネズエラ前大統領夫妻、ニューヨーク連邦地裁に出廷
カメルーンでWTO閣僚会議開催(4日間)
3月27日 金曜日 ユーロ圏財務相が中東問題につきテレビ会合
3月29日 日曜日 インドネシア大統領訪日(3日間)
3月30日 月曜日 中央アフリカ共和国大統領就任式(3期目)
最後はガザ・中東情勢だが、今回も冒頭でイラン関連を取り上げたので、一点のみ補足する。筆者の知る限り、欧米の中東専門家のほとんどは、今回のトランプ氏の「対イラン交渉」の発言を悲観的に見ている。中でも面白かったのは、「トランプ氏発言の目的は、①動揺し加熱する『市場』へのメッセージ、②派遣された海兵隊と陸軍部隊の戦闘準備のための時間稼ぎ、③『一方的戦闘停止』宣言のための布石、の3つ」という論調だった。さて、一体どれが、そして誰の言うことが正しいのか?実は、トランプ氏にも分からないのではないか?・・・今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
■ 歴史を深く知るためのFAQ:ホルムズ海峡と世界の石油事情
Q1:トランプ外交の特徴とは何か?
A:トランプ氏の外交スタイルは、「発言より行動を重視すべき」とされる。一般的に、①まず強い発言を行い、②相手が応じなければ圧力を強め、③最終的に引く可能性もある、というパターンが指摘されている。ただし、すべてのケースに当てはまるわけではなく、状況に応じて変化する。
Q2:ホルムズ海峡はなぜ重要なのか?
A:ホルムズ海峡はペルシャ湾とインド洋を結ぶ海上交通の要衝であり、世界の原油輸送の約3分の1が通過する。特に日本を含むアジア諸国はこの航路への依存度が高く、安全保障上極めて重要とされている。
Q3:日米首脳会談の本来の目的は何か?
A:日米首脳会談の主な目的は、日米同盟の強化、インド太平洋地域の安全保障の確認、そして経済関係の発展について首脳間で認識を共有することである。特定の個別案件だけで評価するものではないとされる。
Q4:なぜ日本の中東政策は「受け身」と言われるのか?
A:日本は中東の紛争に対して、主にエネルギー供給の安定確保という観点から関与してきたが、軍事・安全保障面で主体的な関与は限定的だった。そのため、状況を「回避・対応するもの」として捉える傾向が強いと指摘される。
Q5:イラン情勢はウクライナ戦争にどのような影響を与えるのか?
A:中東での軍事的緊張が高まると、兵器やエネルギー資源の配分に影響が出る可能性がある。特に、防空システムや弾薬が中東に優先される場合、ウクライナへの供給が制約される可能性が指摘されている。
■ シリーズ・アーカイブの紹介
本連載は、国際情勢を独自の視点で鋭く分析する宮家邦彦氏による「外交・安保カレンダー」シリーズのアーカイブです。過去の記事も併せて読むことで、複雑に絡み合う世界情勢の推移を深く理解することができます。
▶︎ [連載「外交・安保カレンダー」バックナンバーはこちら]
写真)トランプ大統領、新国土安全保障長官マリン氏の就任式に出席
出典)Chip Somodevilla/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

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