チリの海底ケーブル計画で米中が駆け引き:板挟みのカスト政権
執筆者:山崎真二(時事通信社元外信部長)
■本稿のポイント
・南米チリでは同国と香港を結ぶ海底ケーブル敷設プロジェクトが中国企業の主導で計画されている
・この事業の敷設・運営権に関し、いったんは中国企業に許可が下りたものの、その直後に取り消された
・米国がチリに圧力をかけ、中国との駆け引きが強まる中、カスト・チリ政権は板挟み状態だ。
中国系企業が主体となって進めていた海底光ファイバーケーブル事業について、チリ政府は2026年1月末に30年間の敷設・運営権を認めたものの、その直後に「技術的な誤り」を理由として許可を取り消した。これに対し中国側は説明不足だとして強く反発している。時事通信社元外信部長の山崎真二氏は、米トランプ政権が、中国による西半球への影響力拡大を安全保障上の脅威とみなし圧力を強める一方、中国はチリ最大の貿易相手国であり、カスト政権は「板挟み」の中で難しい判断を迫られていると示唆した。(Japan In-depth編集部)
■中国、チリの対応に強い不満
チリで計画されている香港とチリ間の海底ケーブル・プロジェクトをめぐり、米中の駆け引きが活発化しそうだ。
このプロジェクトは、チリ中部のバルパライソ州の港から香港を結ぶ、全長約2万キロメートルの光ファイバーケーブル敷設事業である。中国移動有限公司グループの企業が主体となり、チリ側と実現に向け協議を重ねてきた。
同国のボリッチ前左派政権は今年1月末に同グループに30年間の敷設・運営権を与えることを許可した。ところが、その直後、「技術的に誤り」を理由に許可が取り消されるという不測の事態に。中国側は明確な説明がないと強い不満を表明した。そもそも、チリでは外国企業が参入する事業の許認可には相当な時間がかかるのが慣例とされているが、このプロジェクトが異例のスピードでいったん許可されたことを疑問視する指摘もあった。今年3月から政権の座に就いたカスト大統領は就任に先だち、ボリッチ前大統領と政権移行の協議をした際、同プロジェクトに関し「前政権の情報は不十分で信用できない」と反発、協議を中断する混乱も生じた。
■西半球のインフラ危機?:トランプ政権が懸念
これだけなら、チリ当局の不手際と中国企業の不満にどう対応するかという問題だが、ここに米国が介入してきたことで、事態は一層複雑化している。トランプ版モンロー主義とでもいうべき「ドンロー・ドクトリン」の下、西半球重視を強調するトランプ政権は、太平洋をまたぐ通信インフラ事業への中国の影響力に強い懸念を示す。
米政府は「西半球の重要インフラを危機にさらした」などとして、同プロジェクトにかかわった当時のチリの運輸・通信相ら政府関係者3人を対象に、米国内の資産凍結やビザ発給の停止といった制裁措置に踏み切った。米政府は、これまでチリを米国渡航ビザ免除プログラム(VWP)の対象国としてしてきた。年間30万人以上のチリ国民がVWPを利用しているというデータもある。だが、米政府は、このプロジェクトへの中国の関与をチリがこのまま容認するなら、同プログラムの適用を見直すことを示唆、カスト政権への圧力を加える構えだ。
■チリで中国の経済的影響力は絶大
一方、中国は「チリとの海底ケーブル敷設計画は両国間の互恵的経済協力であり、第三国の安全保障を損なうものではない」(在チリ中国大使館)と主張。米政府の言い分は一方的な政治的利益によるものと激しく反発している。
駐チリ外交筋によれば、中国はチリでの経済的影響力をバックにカスト政権に対し計画通りプロジェクトを進めるよう迫っているという。中国はチリの最大の貿易相手国で、特にチリ産鉱産物の約4割が中国向けとあって「中国市場はチリ経済にとって不可欠」(日本の貿易商社関係者)という事情がある。ただ、カスト大統領は“チリのトランプ”との異名を持つほど、トランプ大統領と近い関係にあるため、「対米関係を重視し、プロジェクトの見直しを図るのではないか」(現地の経済アナリスト)との声もある。チリの有力紙「テルセラ」はカスト政権が米中対立の「板挟み」になっている状況を指摘した上で「どちらか一方にやみくもに傾かずに、チリの主体性を保つべき」と主張する。果たしてカスト政権はどんな決定をするのか、内外の注目が集まっている。
よくある質問(FAQ)
Q1. 海底ケーブルとは何ですか?
A:海底に敷設または埋設されたケーブルです。インターネット通信や国際電話などの通信用のほか、電力輸送などの用途も担います。
Q2. モンロー主義とは何ですか?
A:19世紀に米国が示した外交姿勢です。第5代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・モンローが提唱し、欧州諸国のアメリカ大陸への干渉を拒否し、西半球への不介入や非植民地化を求めました。
Q3. ビザ免除プログラム(VWP)とは何ですか?
A:Visa Waiver Programの略称で、特定の国の国民が、条件を満たした場合、ビザなしで米国へ渡航できる制度です。滞在期間は90日以下の短期滞在に限られます。
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
トップ写真)コスタリカに到着したチリ大統領ホセ・アントニオ・カスト氏(左)と、ファーストレディのマリア・ピア・アドリアソラ氏(右)
出典)Arnoldo Robert by Getty Images
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この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長
南米特派員(ペルー駐在)、





























