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スポーツ  投稿日:2026/5/22

215億円を生むシリーズでNTTが具現化する「スマート・サーキット」の極意


松永裕司(Forbes Official Columnist)

■本稿のポイント

・NTT は IndyCar Series のスポンサーを通じ、2024年に約215億円のメディア価値を獲得した。
・最も価値を生んだのはテレビCMではなく、SNS・ニュース記事・口コミなどの「アーンドメディア」で、特にシェルのCMが大きな効果を生んだ。
・NTT はリアルタイムデータ解析や「スマート・サーキット」技術を提供し、レース観戦体験や運営効率も向上させている

世界三大レースのひとつインディ500は24日(日本時間25日)、第110回となる決勝レースが行われる。ポール・ポジションは3年連続シリーズ・チャンピオンとなっているチップ・ガナッシ・レーシングのアレックス・パロウ。2017、20年にアジア人として唯一人インディ500を制した佐藤琢磨は、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングから出走。12番手スタート(繰り上げ)で、3度目の制覇を虎視眈々と狙う。
800kmにわたり続く時速380kmの戦いは手に汗握るスポーツであるものの、それを支えるのはもちろんインディカーを巡るビジネスである。しかも、そのタイトル・スポンサーは日本のNTTだったりする。インディアナポリス500は、アメリカ版F1と呼んだらお叱りを受けそうだが、インディカー・シリーズのひとレースでもある。


現代スポーツマーケティングの絶好のケーススタディ
2024年のデータだが、NTTとインディカー・シリーズのパートナーシップにより創出されたメディア露出価値換算は、実に1億4889万ドル(約215億8900万円)に上った。これは前年比で12%もの増加であり、現代のスポーツマーケティングがいかにして巨大な価値を生み出すかを示す、絶好のケーススタディと言える。グローバル調査会社のニールセン・スポーツが作成した詳細な評価レポートは、その成功の核心を解き明かしている。単なるロゴの露出に留まらない、重層的かつ戦略的な価値創出のメカニズムを紐解いてみたい。
ニールセン・スポーツが採用したのは「統合的価値評価(Holistic Valuation)」と呼ばれるアプローチ。これは、テレビ放送におけるロゴ露出といった従来型の指標だけでなく、オンラインメディア、SNS、ホスピタリティに至るまで、パートナーシップがもたらすすべての資産を網羅的に評価する手法。この評価における「有形資産(Tangible Value)」の総額は1億1672万ドル(約169億2400万円)。その内訳は、現代のメディア環境を色濃く反映している。


アーンドメディアとデジタル戦略
最大の価値を生み出したのは、意外にも従来の広告枠ではない。「アーンドメディア(SNS、口コミサイト、ブログなど)」、すなわち第三者メディアによって自然発生的に取り上げられることによる露出で、その額は5050万ドル(約73億2200万円)にものぼる。これはオンライン記事での画像露出(3230万ドル / 約46億8300万円)やテキストでの言及(960万ドル / 約13億9200万円)などが含まれるが、特に注目すべきはテレビ放送での口頭での言及(Verbal Mentions)が860万ドル(約12億4700万円)もの価値を生んでいる点だ。
これに次ぐのが、スポーツスポンサーシップの王道とも言える「テレビ・放送での露出」で、3907万ドル(約56億6500万円)を記録した。そして、現代のマーケティング戦略に不可欠な「デジタル&ソーシャルメディア」も1772万ドル(約25億6900万円)の価値を創出しており、その成長率は前年比+43%と著しい。
さらに、レポートは3216万ドル(約46億6300万円)にのぼる「無形資産(Intangible Value)」の存在を指摘する。これは、ブランドの権威性やイメージ、ターゲット層との適合性といった、直接的な金額換算が難しいが極めて重要な「連想による価値」である。これらの要素を組み合わせることで、初めてパートナーシップの全体像が見えてくる。

では、2024年シーズンにおける価値向上の具体的な要因は何だったのか。
レポートは、極めて興味深い事実を明らかにしている。アーンドメディアの価値が前年比でほぼ倍増(+95%)した背景には、ある一つのテレビCMの存在があった。パートナー企業であるシェルが「NTT INDYCAR SERIES」に言及したCMを放送したところ、これが7700回以上も放映され、単独で760万ドル(約11億200万円)相当のメディア価値をNTTにもたらしたのだ。これは、パートナー企業を巻き込んだエコシステム全体で価値を増幅させる、高度なブランド戦略の成功例と言える。
ソーシャルメディアの急成長も目覚ましい。INDYCARが自ら運営する公式チャンネルの価値は、フォロワー数の増加などを背景に前年から51%も増加した。プラットフォーム別に見ると、Facebookが590万ドル(約8億5500万円)で最も価値が高く、Instagram(520万ドル / 約7億5400万円)、X(旧Twitter、380万ドル / 約5億5100万円)、YouTube(190万ドル / 約2億7500万円)と続く。ファンとの直接的なエンゲージメントを深めるデジタル戦略が、着実に実を結んでいる証左だ。


地上波放送戦略の転換と展望
一方で、課題も存在する。テレビ・放送におけるグローバルでの価値は、前年比で31%減少した。これは、シリーズの人気が低下したわけではない。実際、総放送時間は3%増加している。主な要因は、主要放送局であるNBCでの放送レース数が2023年の16戦から2024年は11戦に減少したこと、そしてシリーズ最大のイベントであるインディ500において、画面上のロゴなどの露出時間が23%減少したことなど、放送戦略上の変更にある。
しかし、この点についてもレポートは未来への展望を示唆している。2025年シーズンから、インディカー・シリーズは米国内の放映権を新たにFOXネットワークスに移す。新たな放送パートナーシップが、露出の質と量を再び押し上げる起爆剤となるか、注目が集まる。
レポートをさらに深掘りすると、マーケティング担当者にとって示唆に富んだデータが随所にみられる。例えば、レース別ではやはりインディアナポリス500が突出しており、980万ドル(約14億2100万円)の価値を創出。これは2位のレース(220万ドル / 約3億1900万円)の4倍以上の規模である。また、露出資産の種類別では、放送画面に表示されるグラフィックなどの「ネットワーク資産」が3160万ドル(約45億8200万円)と最も価値が高い。オンラインの画像露出においては、ドライバーが着用する「耐火スーツ」が実に33%を占めるという事実は、スポンサーシップの価値が細部に宿ることを物語っている。


B2B企業としての緻密な戦略
日本においては、なかなかそこまで注視されない無形資産の評価も興味深い。NTTはB2B企業であるため、一般消費者であるファンとの直接的な「ターゲット適合性」のスコアは5/10と標準的だ。しかし、「B2Bでの交流機会」や、シリーズ唯一のタイトルスポンサーとしての「パートナーステータス」、そして競合他社を排除する「カテゴリー独占権」といった項目では、いずれも10/10の満点を獲得している。
特筆すべきは、NTTが単なるスポンサーにとどまらず、技術面でもシリーズを牽引している点。マシンに搭載された何百ものセンサーから集まる膨大なデータをリアルタイムで解析し、アプリを通じてファンに高度な予測データを提供するなど、新たな視聴体験を創出。また、「スマート・ベニュー」技術で会場運営の効率化にも貢献している。つまりはアメリカでは「スマート・サーキット」を具現化しており、こうした技術は日本の鈴鹿サーキットなどに、ぜひ転用してもらいたいもの。自社が誇る最先端技術の世界に向けた巨大なショーケースとして機能している点も、極めて重要な価値と言える。
これは、NTTの事業戦略とインディカーが提供する価値が、ビジネス領域において完璧に合致していることを示している。日本の各ブランドは、NTTがいかにインディシリーズを使い倒しているか、学ぶべきではないだろうか。
NTTインディカー・シリーズの事例は、現代のスポーツマーケティングが到達した洗練の極みを見せてくれる。伝統的な放送メディアでの課題に直面しつつも、アーンドメディアやデジタル領域で爆発的な成長を遂げ、新たな放送パートナーシップという未来への布石も打たれている。1億4889万ドル(約215億8900万円)という数字は、単なる成功の指標ではない。それは、緻密に計算され、多角的に実行されたパートナーシップの結晶であり、グローバル市場で戦う企業にとって、価値創出の無限の可能性を秘めた生きた教科書となるだろう。
さて、アメリカではNFLのスーパーボウルと並ぶほどの人気を博すインディ500も、いよいよスタート。2026年は、どんなドラマを見せ、またどれほどのビジネス価値を生み出すのか、着目したい。

【よくある質問(FAQ)】

Q1. インディ500はどれくらい人気なのですか?
A1. アメリカではNFLのスーパーボウル級とも言われる人気イベントで、毎年数十万人規模の観客を集めます。

Q2. インディカーとF1の違いは?
A2. F1が主にロードコース中心なのに対し、インディカーはオーバルコースでの超高速レースが特徴で、接近戦が多いと言われています。

Q3. なぜB2B企業のNTTがスポーツスポンサーを務めるのですか?
A3. 一般消費者向け認知だけでなく、企業間取引や技術力アピール、海外ビジネス拡大につなげる狙いがあります。

Q4. 「アーンドメディア」とは何ですか?
A4. 広告費を払うのではなく、SNS投稿・ニュース記事・口コミなど第三者によって自然に拡散される露出のことです。

Q5. なぜインディ500はスポンサー価値が高いのですか?
A5. 長時間放送されるうえ、世界中のメディア・SNSで継続的に話題化するため、企業ロゴやブランド名が広く拡散されやすいからです。

冒頭写真)2025年5月26日インディアナポリス(インディアナ州)#10 DHLチップ・ガナッシ・レーシング・ホンダのドライバー、アレックス・パルー

出典)James Gilbert/Getty Images




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