無料会員募集中
.国際  投稿日:2026/7/2

「攻撃と報復」のループ:見せかけの停戦が隠す中東のリアル


 

執筆:宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2026#26

2026年6月29-7月5日

 

【本稿のポイント】 

 

・米イランの合意(MOU)は核問題を棚上げした妥協の産物に過ぎず、最終的にはイランの粘り勝ちに終わる可能性が高い。

・停戦中のドローン攻撃は、かつての「関東軍」のように中央政府を無視して暴走する革命防衛隊の独自判断によるものであろう。

・今後は全面戦争に至らない規模での不毛な「攻撃と報復のループ」が繰り返され、本質的な核交渉は当面進展しない。

 

キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問の宮家邦彦氏は、停戦中のホルムズ海峡でイランの革命防衛隊が独自のドローン攻撃を仕掛けた背景を分析している。米イラン間の曖昧な合意(MOU)が現場の誤解と衝突を生んでいると指摘。本質的な核問題は棚上げされたまま、全面戦争には至らない規模での不毛な「攻撃と報復のループ」が当分繰り返されると予測している。(Japan In-depth編集部) 

 

・米イラン「誤解覚書」という妥協とイランの粘り勝ち 

 

今回の原稿は2026年の第26回目となる。ということは、もう早くも半年が過ぎてしまったということか。振り返ってみれば、今年は2月からイラン情勢に振り回されっぱなしだった。「もういい加減にしろ」と言いたいところだが、相手は同盟国の大統領だから、そうも言えないかなぁ・・・。

先週はMOUならぬ、「誤解覚書」に振り回されたが、この文書の実態は「ホルムズ海峡は何とか開く一方、核問題は事実上棚上げする」という意味での米イラン「妥協の産物」。時期尚早かもしれないが、ガザの停戦交渉と同様、結局このMOUが「最終合意」に至る可能性は低く、「イラン側の粘り勝ち」に終わるのではなかろうか。

 

・「関東軍」化する革命防衛隊と海峡管理の既成事実化 

 

これまでも「2026年のイランは1944年の大日本帝国」「2026年の米国は1942年(ミッドウェー海戦)の日本」などと、苦し紛れの「歴史の押韻」を書いてきたが、今回は「2026年のホルムズ海峡は1932年の満州国」ではないか・・・、と考える理由を書こう。要するに、「革命防衛隊」は「関東軍」に似ているのでは、ということだ。

6月25日、イランはホルムズ海峡を航行中の貨物船をドローンで攻撃し、米中央軍は翌26日にイランのミサイルやドローンの保管庫・レーダー施設を攻撃、更に27日にはイラン側が米陸軍施設を攻撃、などと報じられた。「停戦中」しかも「無料の自由航行が認められた60日の期間内」の筈なのに、なぜイランは攻撃したのか。

答えは簡単、恐らく、このドローン攻撃は、イランの海峡「管理」を既成事実化するため「革命防衛隊」が独自の判断で行ったのだろう。中央政府の意向を無視して満州での独自軍事行動を続けた「関東軍」と同様、イランの「革命防衛隊」もイラン大統領の意向など無視して行動している可能性が高いのだ。これでは「停戦」など長続きしない。さて、来週はどうなることやら・・・。



・今週の世界の動き:注目すべき国際スケジュール 

 

続いては、いつもなら吉岡明子主任研究員によるロシア関連コーナーだが、今週も同研究員多忙のため、お休みさせて頂く。

次に、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

 

6月30日 火曜日 メルコスール諸国首脳会議、閉幕(パラグアイ)

 EU外交担当代表、トルコ訪問を終える(2日間)

 

7月1日 水曜日 日本首相、インド訪問(3日間)

 フィリピン大統領、カナダ訪問(4日間)

 米加墨貿易協定の共同レビュー期間の期限到来

 欧州委員会委員長、アゼルバイジャン訪問

欧州評議会議長、アイルランド訪問、アイルランド首相と会談

 欧州委員会委員長、ボスニアヘルツェゴビナ訪問(2日間)

 

7月2日 木曜日 アルジェリアで議会選挙

欧州委員会委員長、アルメニア訪問

 

7月4日 土曜日 イランでハーメネイ前最高指導者の葬儀始まる(3日間)

 

・終わりなき「攻撃と報復」のループ:棚上げされた核問題の行方 

 

最後はガザ・中東情勢だが、もう付け加えることはあまりないなぁ。ホルムズ海峡の「管理」に関するMOUの文言は明らかに曖昧だから、米イラン間で「誤解」が生じるのも当然だと思うからだ。今後も、交渉がうまくいかないと、イラン側がタンカーを攻撃し、それに対し米側が報復を行い、さらにイランが「全面戦争に至らないような」攻撃を加えて、ちょっとした「騒ぎ」にはなるが、その後両者は「停戦は続いており、近く話し合いを再開」することで合意し、再び沈静化する・・・。当分この繰り返しではないか。逆に、それが続くということは、肝心の核問題などの交渉に進展がないということ。分かり易い人たちではあるが・・・。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 

【よくある質問(FAQ)】

 

Q1. 「MOU(覚書)」とは何ですか?

 A1. MOU(Memorandum of Understanding、覚書)とは、政府や企業などが正式な契約・条約を結ぶ前段階で、「現時点で合意している大枠の基本方針」を明文化した文書のことです。 法的拘束力を持たないことが多く、状況の変化に応じて修正しやすいというメリットがあります。今回の記事では、お互いの都合の良いように解釈できる「曖昧さ」を残したまま結ばれたため、かえって現場の混乱や「誤解」を招く原因として描かれています。

Q2. 「イラン革命防衛隊(IRGC)」とはどのような組織ですか? 

A2. イランにおける、最高指導者(宗教トップ)直属の精鋭軍事組織です。 国家を守る「国軍」とは別組織として存在し、弾道ミサイルやドローンの開発、親イラン武装勢力の支援など、対外的な強硬政策を一手に担っています。さらにイラン国内の主要産業(建設、通信など)の巨大企業も経営しており、経済・政治面でも政府(大統領)を凌ぐほどの強大な権力を持っています。

Q3. 国際政治で使われる「関東軍(比喩)」とはどういう意味ですか? 

A3. かつての大日本帝国陸軍の部隊名ですが、現代の国際政治においては「国家の中央政府のコントロール(統制)を無視し、現場の独断で暴走して軍事行動を起こす組織」の代名詞として使われます。 文民統制(シビリアン・コントロール)が崩壊し、軍の一部が勝手に戦争の火種を作って国全体を巻き込んでいく、非常に危険な状態を指す比喩表現です。

Q4. 地政学で重要視される「チョークポイント(海上交通の要衝)」とは何ですか?

 A4. 「国際物流やエネルギー輸送において、地理的にどうしても通過しなければならない狭い海上通路(海峡や運河)」のことです。 今回の舞台であるホルムズ海峡や、スエズ運河、マラッカ海峡などが代表例です。ここを一つ封鎖されるだけで世界中の物流や原油供給がストップし、世界経済に大打撃を与えることができるため、軍事・外交戦略において最も狙われやすく、かつ守るべき「急所」とされています。 

Q5. 国際法における「航行の自由(自由航行)」とは何ですか? 

A5. 「どこの国の船であっても、公海(どこの国のものでもない海)や国際的な海峡を、他国に邪魔されることなく自由に安全に通航できる」という国際法上の大原則です。 ホルムズ海峡のような世界のエネルギー輸送の要(チョークポイント)では、この航行の自由が脅かされると、世界中の原油価格の高騰や経済混乱に直結するため、国際社会全体にとって最重要の安全保障問題となります。

 

(本稿のポイント、リードの文責:Japan In-depth編集部) 

シリーズ紹介・バックナンバー

宮家邦彦の外交・安保カレンダー バックナンバーはこちら

 

トップ写真:スイスでの米イラン和平会談に臨むヴァンス副大統領

出典:Pool/GettyImages




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."