機能低下に陥るワシントンーー現地で見た第2次トランプ政権の現在
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2026#22
2026年6月1-7日
■本稿のポイント
・トランプ政権二期目において、国家安全保障会議(NSC)の体制縮小や主要シンクタンクの形骸化が進んでいる。
・インドでは、歴史的にユダヤ人への迫害がほぼ皆無だった。その歴史的背景が、近年のインド・イスラエル関係の緊密化、ひいては中東政策の基軸である4カ国枠組み「I2U2」につながっている。
・ガザ停戦交渉が遅々として進まない中、トランプ大統領が電話でネタニヤフ首相を品のない言葉で激しく罵倒したと報道された。
トランプ政権二期目を迎えたワシントンでは、外交安保中枢における機能低下が深刻化している。キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問を務める宮家邦彦氏が、混迷を極める米国外交の「戦略不在」の実態を読み解く。さらに、AJC(米系ユダヤ人委員会)総会への参加を通じて見えた「ユダヤ系インド人」の重要性と、ネタニヤフ首相を激しく罵倒したとされるトランプ大統領の異例の電話会談報道を取り上げる。(Japan In-depth 編集部)
機能低下が深刻化するワシントンの外交・安保中枢
今週の原稿は久し振りに出張先のワシントン市内のホテルで書いている。米国の首都は昨年7月以来。だが、今回ほど「興奮しない」ワシントン出張はちょっと記憶にない。何故かって?理由は簡単。トランプ氏以外、この街の誰も米国外交に「如何なる戦略があるか(ないか)」につき権威を持って語れる人はいないと思ったからだ。
実際、一年振りで、過去45年間繰り返してきたワシントンの「定点観測」を行ってみたが、この推測は変わらなかった。それどころか、この一年で、我々がこれまで慣れ親しんできた「ワシントンの外交安保マフィア」の機能が著しく低下していると実感した。現役のNSCや国務、国防、CIA等の職員には極めて失礼な言い方だが・・・・。
天に唾する話だからか、シンクタンクの関係者は誰も公には言わないが・・・、そもそもシンクタンクが本来の役割を果たしていない。忙しく考える時間のない現役職員と様々なアイディアを共有することが出来ていないらしいのだ。トランプ政権一期目と比べても、例えばNSCは担当官の数がざっくり半減し、レベルも下がったと聞いた。
閣僚レベルが大統領の顔色を窺いながら仕事をするのだから、その下の高官たちの動きも推して知るべしだろう。霞が関の機能低下よりもはるかに深刻なことがこのワシントンで起きているとは・・・。信じたくはないが、状況は東京で想像していたよりずっと悪い、というのが率直な印象。各国の外交官たちも、さぞかし困っていることだろう。
AJC総会への参加と「ユダヤ系インド人」の重要性
さて、今回の出張の主目的はAJC、American Jewish Committeeの年次総会Global Forum 2026への参加だった。最近の反ユダヤ主義の拡大もあり、会場となったホテルの警備は昨年に比べても格段に強化され、今年は入り口に警察犬が常駐するほど。これだけセキュリティが厳しかったので、逆に安心したほどだ。
AJCとの付き合いも今年で35年、随分長いご縁だが、ユダヤ系アメリカ人の実態を知らずして、米国の状況は理解できない、というのが筆者の一貫した考え方だ。最近彼らの「黄金時代」が終わりつつあるのではと危惧していたが、どうやらその危惧は現実のものとなりつつあると今回改めて感じた。
もう一つ、今回AJCの会合に参加して改めて痛感したのはユダヤ系インド人の重要性だ。あまり知られていないことだが、現在、インド国内に暮らすユダヤ系のインド人は、約4,000人〜5,000人といわれる。勿論、14億のインド総人口から見れば非常に小さなコミュニティに過ぎないのだが・・・。
ところが、インドのユダヤ系コミュニティの歴史は実は2000年以上もあり、インドは世界で唯一「歴史的にユダヤ人への迫害がほとんどなかった国」としても知られている。1940年代には約3万人近くのユダヤ人がインドに住んでいたが、1948年イスラエル建国以降、多くがイスラエルに移住していったのだそうだ。
米国にも大きなユダヤ系インド人コミュニティがあることを知る人は少ない。ユダヤ系は欧州など世界各地で迫害を受けてきたが、インドでユダヤ系はヒンドゥー教徒の多数派や地元の統治者たちに温かく迎え入れられ、宗教的な衝突を起こさずに共存してきたという。
ヒンドゥーの「敵の敵」がユダヤなのか、などと単純なことを言うつもりはないのだが・・・。しかし、なるほど、だから最近インドの中東政策の基軸はI2U2(インド、イスラエル、UAE、USA)なのか、などと妙に納得した。この点については、先週の産経新聞WorldWatchに書いたので、ご関心のある向きはご一読願いたい。
今週の世界の外交スケジュール(6月2日〜6月7日)
さて次は、いつもなら吉岡明子主任研究員によるロシア関連コーナーなのだが、今月は同研究員多忙のため、お休みさせて頂く。続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
6月2日 火曜日 ハンガリー首相訪独、独首相と会談
ラオス大統領訪中(5日間)
6月3日 水曜日 ミャンマー首脳、5日間の訪印を終了
韓国で地方選挙
6月4日 木曜日 ケニヤ大統領、南アフリカ訪問
6月5日 金曜日 EU・バルカン西部諸国首脳会議(モンテネグロ)
6月7日 日曜日 アルメニア議会選挙
コソボ議会、解散総選挙
ペルー大統領選挙決選投票
非公式EU国防大臣会合(キプロス)
品格を欠く応酬――トランプ氏とネタニヤフ氏の不穏な関係
最後はガザ・中東情勢だが、先週は「恐らく交渉の実態は米側が期待するよりもずっと『遅々として進まない』『悲観的なもの』に違いない。イラン側が早期に譲歩に応じるとは思えないからだ。となれば、このまま停戦交渉が進展する可能性は低いだろう」と書いた。今週は米大統領が電話でイスラエル首相を「罵った」というから驚いた。
具体的にトランプ氏はネタニヤフ氏にこう言ったと報じられている。
“What the f* are you doing?” “f***ing crazy”何バカやってんだ?お前はイカレてる!
“You’d be in prison if it weren’t for me. I’m saving your a**,” 俺がいなきゃ、お前は刑務所に入ってるはずだ。俺がお前のケツを救ってるんだぞ!
“Everybody hates you now. Everybody hates Israel because of this.” 今や誰もがお前を嫌っている。この件のせいで、誰もがイスラエルを嫌っている。
うーーん、大統領の言葉とは思えないほど「品のない」表現だが・・・。いずれこうなることは分かっていたけれど、ここまで酷いとは思わなかった、というのが筆者の率直な感想だ。イスラエルの公式見解では、電話会談は「厳しいやり取り」だったが個人的な「侮辱」はなかったそうだが、どちらが正しいかは容易に想像がつく。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
■FAQ(よくある質問)
Q1. 本文にある「ワシントンの外交安保マフィア」とは何を指しますか?
A1. 米国の外交・安全保障政策の立案や意思決定に深く関わる、政府高官、軍関係者、情報機関職員、そして主要シンクタンクの研究者などの専門家集団を指す俗称・比喩表現です。政権が変わっても一定の継続性を担保するエリートネットワークですが、トランプ政権下ではその機能や影響力の低下がたびたび指摘されています。
Q2. 「AJC(American Jewish Committee)」とはどのような組織ですか?
A2. 1906年に設立された「米系ユダヤ人委員会」のことです。米国で最も古いユダヤ人ロビー・人権擁護組織の一つであり、世界中のユダヤ人の権利擁護、反ユダヤ主義との戦い、イスラエルと諸外国との関係強化、民主的価値観の推進を目的として活動しています。
Q3. 記事にある「I2U2」とはどのような枠組みですか?
A3. インド、イスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)、米国(USA)の4カ国による協力枠組みです。各国の頭文字をとって名付けられました。2021年に初の外相会談が開催され、水、エネルギー、交通、宇宙、保健、食料安全保障などの分野での共同投資や、中東・南アジア地域の戦略的協力を目的としています。経済版の「Quad(クアッド)」とも呼ばれます。
(本稿のポイント、リード、FAQは、Japan In-depth編集部文責)
写真)アメリカ・ユダヤ人委員会(AJC)の代表団から表敬訪問を受ける岸田首相(当時)2024年1月30日、
出典)首相官邸
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

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