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.国際  投稿日:2026/8/10

「信頼」と「分断」を利用する情報工作──2027年フランス大統領選と日本への警鐘


 

Ulala(著述家)

 

 

■本稿のポイント

・実在メディアのロゴや紙面を偽装した偽ニュースが2027年フランス大統領選挙の有力候補を標的に拡散し、ドイツでも同様の偽動画が確認されている。

・情報工作の狙いは、一つの嘘を信じさせることではなく、「政治家もメディアも信用できない」という不信感を社会に定着させ、民主主義の共通の土台を崩すことにある。

・生成AI時代の情報戦に対抗するには、拡散後の打ち消しでは不十分で、偽情報の手口を事前に市民に知らせる「プレバンキング」と、受け取り手の情報リテラシーが最後の防衛線となる。

 

8月7日、フランスのガブリエル・アタル元首相はロシアによる情報干渉疑惑で刑事告訴に踏み切った。2027年大統領選挙まで1年半以上あるにもかかわらず、ネット上には有力候補を標的とした偽ニュースが飛び交い、ドイツやその他欧州各国でも同種の工作が観測されている。パリ在住ライターのUlala氏は、フランスの現場から見た情報工作の実相を、日本の福島処理水問題や高市首相を標的にした中国系Xアカウントの事例と重ね合わせながら、「認知戦」がすでに私たちの日常に到達している現実と、そこから民主主義を守るための備えを論じる。(Japan In-depth編集部)

 

◆2027年フランス大統領選、なぜ外国発の偽情報が拡散しているのか

 2027年、フランスでは大統領選挙が行われる。第1回投票は4月18日、決選投票は5月2日だ。まだ選挙本番までは時間があるが、すでに「外国発の偽情報との闘い」が始まっている。

 現在、ネット上では、ガブリエル・アタル元首相ら有力候補を標的に、実在するメディアのロゴや紙面を偽装した偽ニュースが拡散している。こういった動きはフランスだけではない。ドイツでも、フリードリヒ・メルツ首相が近く辞任するかのように見せかけた偽動画が拡散しており、欧州各国が情報工作の標的となっていることがうかがえる。

 こうした状況を受け、フランス国内のメディアも相次いでこの問題を取り上げている。たとえば8月9日、ニュース専門局BFMTVは、

 「2027年大統領選、疑念をまき散らすこれらの干渉」

 という特集を放送した。

 フランスが警戒しているのは、単にネット上にデマが流れていることだけではない。その背後に外国勢力が存在し、SNSやAI生成コンテンツなどを利用して、フランス国民の認識や政治的判断に影響を与えようとしている可能性である。こうした活動は「デジタル情報工作」として警戒されている。

 実際、アタル氏は8月7日、外国によるデジタル干渉や情報操作、偽造コンテンツの作成などを理由に刑事告訴した。アタル氏側は、こうした行為が「国家の基本的利益」や「将来の大統領選挙の公正性」を損なう可能性があるとしている。

 つまりフランスでは、今回の問題を単なる「ネット上のデマ」としてではなく、外国勢力が国民の判断や選挙に影響を与えようとする「民主主義への内政干渉」として捉え、対応を始めているのである。

◆干渉の手口:「信頼」と「分断」を利用

 今回のフランスの事例からは、大きく二つの手法が見えてくる。

 一つ目は、信頼されているメディアの「看板」を利用する手法だ。

 攻撃者は『Le Monde』やBFMTVなど、実在する報道機関を思わせるロゴや紙面、ニュース映像を模倣し、本物の報道であるかのようなコンテンツを作る。

 利用されるのは、メディアが長年築いてきた「信頼」だ。「有名な新聞の記事だから」「テレビ局が報じているから」という心理を利用し、偽情報に信憑性を与える。

 さらに偽物が増えれば、本物の報道まで「これもAIではないか」と疑われ、社会全体の情報への信頼そのものが低下する。

 二つ目は、社会にもともと存在する対立や不信の利用だ。

 政府への不満、移民、安全保障、左右の政治対立など、すでに存在する社会の「割れ目」に偽情報を投入し、不信や対立を増幅させる。

 重要なのは、一つの嘘を信じさせることだけが目的とは限らないことだ。

 「政治家もメディアも信用できない」という疑念が広がれば、偽情報が否定された後にも不信だけが残る可能性がある。

 民主主義では意見が違うこと自体は問題ではない。しかし「何が事実なのか」という共通の土台まで失われれば、議論そのものが成立しにくくなる。

 狙われているのは政治家だけではない。メディア、政府、制度、市民を結ぶ「信頼」そのものが攻撃対象になり得るのだ。

◆日本も狙われている:中国・ロシアによる「認知戦」

 欧州への情報工作は、決して対岸の火事ではない。日本政府も、中国やロシアなどによる情報戦・認知戦を安全保障上の脅威として警戒している。

 代表例が、福島第一原発のALPS処理水をめぐる問題だ。中国側から安全性への不安を強く訴える情報が発信され、日本政府は「科学的根拠に基づかない内容」があると反論した。外務省の公電やIAEAの内部資料を装った偽文書も登場したが、作成主体は確認されておらず、中国政府による工作とは断定できない。

 また、沖縄の米軍基地、日米同盟、台湾有事、尖閣諸島、防衛費など、日本にも意見が分かれやすい問題がある。防衛省も、中国やロシアが偽情報などを用いて他国の世論や意思決定に影響を与える情報戦を行っていると分析している。

 さらに2026年2月、Reutersは米シンクタンク「民主主義防衛財団(FDD)」の分析として、中国の偽情報活動に関連する35のXアカウントなどが、日本の総選挙前後に活動していたと報じた。これらのアカウントは、高市早苗首相を「軍国主義的」な人物として描き、日本を戦争へ向かわせる指導者であるかのような情報を発信していたという。

 情報戦では、新しい対立を一から作る必要はない。社会にすでに存在する「割れ目」を利用し、不安や怒りを増幅させればいいのだ。

 「認知戦」は、欧州にとっても、日本にとって未来の脅威ではない。すでに備えるべき安全保障上の課題なのである。

◆情報戦から民主主義をどう守るのか

 AIによって偽動画や偽ニュースを簡単に作れる時代には、拡散後に否定するだけでは十分ではない。生成AIによって偽情報を低コストで大量に作れるようになり、一つを削除しても、すぐに別の偽情報を作って拡散できるからだ。

 さらにSNSでは、衝撃的な情報ほど短時間で広がりやすい。一度「この政治家には重大な疑惑がある」「政府は何かを隠している」といった印象が広がれば、後から訂正されても、その疑念が完全に消えるとは限らない。

 つまり、偽情報が広がってから一つずつ打ち消すだけでは、量と速度の両面で追いつかなくなっているのだ。

 そこで重要になるのが「プレバンキング(事前警告)」である。偽情報で使われる手口をあらかじめ市民に知らせ、実際に遭遇した際に見抜く力を高める方法だ。

 そして最後の防衛線は、情報を受け取る私たち自身だ。

 「誰が発信したのか」
  「なぜ今、拡散しているのか」
  「自分の怒りや不安を刺激することで誰が利益を得るのか」

 一度立ち止まって考える必要がある。

 これから問われるのは「何を信じるか」だけではない。

 情報があふれる時代だからこそ、「どう確かめるか」という力を社会全体で持つこと。それが民主主義を守る重要な防衛線になるのではないだろうか。

 

【よくある質問(FAQ)】

Q1. 「認知戦」(cognitive warfare)とは何か?
A.情報や心理を通じて敵対する国家・組織・国民の認識や判断、意思決定に影響を与えることを目的とした戦略活動。従来の軍事作戦や情報戦(プロパガンダ)を超えて、脳神経科学や行動心理学、AI技術も活用しながら、対象社会の「考え方」そのものを変化させることを狙う。NATO(北大西洋条約機構)は2020年頃から「第6の戦闘領域」(陸・海・空・宇宙・サイバーに次ぐ)として研究を進めており、日本の防衛省も安全保障上の課題として認識している。

Q2. 「デジタル情報工作」とはどのような活動を指すのか?
A.インターネットやSNSを通じて、対象国の世論・選挙・政策決定に影響を与えることを目的とした一連の活動。具体的には、偽アカウントの大量運用(Astroturfing)、偽ニュースサイトの構築、AI生成の偽画像・偽動画(ディープフェイク)、実在メディアのロゴや紙面の偽装、SNSでの分断煽動などが含まれる。EU・米国・日本などの民主主義国家は、これを民主主義制度への脅威として警戒している。

Q3. 「プレバンキング(prebunking)」とは何か?
A.「pre(事前)」と「debunking(正体を暴く)」を組み合わせた造語で、偽情報の手口や典型的パターンを事前に市民へ提示し、実際に接した際の免疫を高める手法。心理学の「予防接種理論(inoculation theory)」に基づいており、偽情報が拡散した後に個別に打ち消す「デバンキング」よりも効果的とされる。Google傘下のJigsawなどが実験的取り組みを行い、欧州連合や英国政府もメディアリテラシー政策として採用している。

Q4. ガブリエル・アタル氏とはどんな人物か?
A.フランスの政治家。1989年生まれ、パリ出身。若手政治家として頭角を現し、2020年に政府報道官、2022年に予算担当大臣、2023年に国民教育大臣を歴任。2024年1月にはエマニュエル・マクロン大統領のもとで首相に就任し、当時34歳で戦後フランス史上最年少の首相となった。2027年フランス大統領選挙の有力候補の一人とされている。

Q5. 「民主主義防衛財団(FDD)」とはどんな組織か?
A.Foundation for Defense of Democracies(FDD)。2001年の米同時多発テロを受けて設立された、ワシントンD.C.に本拠を置く超党派のシンクタンク。国家安全保障・外交政策、特にテロリズム、イラン、中国、ロシアなどの権威主義国家による脅威を研究テーマとする。「Center on Cyber and Technology Innovation」などの部門を持ち、サイバー空間における情報工作の分析でも知られる。

 

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

 

関連リンク

BFMTV公式X投稿:https://x.com/BFMTV/status/2086303343001968961

Le Monde「2027年大統領選、ロシアの干渉が選挙戦に忍び寄る」:https://www.lemonde.fr/politique/article/2026/08/07/

Le Figaro「アタル氏がロシア干渉疑惑で告訴」:https://www.lefigaro.fr/elections/presidentielles/

外務省報道発表:https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press1_001548.html

外務省報道発表:https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press1_001532.html

防衛省「防衛白書2025」:https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2025/html/n310102000.html

防衛省「防衛白書2025」:https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2025/html/nc013000.html

Reuters「中国のオンライン影響工作、反米陰謀論を拡散」:https://jp.reuters.com/world/security/GBZ3SBFDRRPDLG2XX3C7PMA7VA-2026-02-26/

FDD分析レポート:https://www.fdd.org/analysis/2026/02/26/chinese-online-influence-operation-spreads-anti-american-conspiracy-claims/

 

 

写真)2024年パリ・オリンピック開会式に出席するフランスのガブリエル・アタル首相(当時) 2024年7月26日、パリ

出典)Photo by Ludovic Marin – Pool/Getty Images

 

 




この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー

日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。

Ulala

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