ネパール外相、土石流の『補償の歴史的責任』は米中印にあり
宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2026#35
2026年8月31日-9月6
【本稿のポイント】
・中国・ネパール国境付近で発生した大規模な土石流でネパール外相は米中印に「補償の歴史的責任」があると主張した。
・ロシアではウクライナによる長距離攻撃を背景に燃料危機や物流施設への攻撃が続き、小麦価格は年初から35%下落、8月の小麦輸出量は前年同月比で2.5分の1にまで減少する見通し。
・ホルムズ海峡周辺では米軍によるイラン側発射装置への攻撃とイラン革命防衛隊による報復ミサイル攻撃が発生、散発的な攻撃の応酬が当面続く可能性が高い。
先週末、驚くべきニュースがネパールから飛び込んできた。巨大な土石流が中国チベット・ネパール国境に近い山岳地帯を襲い、多数の犠牲者が出たという。ネットでは中国側が建てた立派な「吉隆出入国事務所」のビルが一瞬にして土石流に飲み込まれる衝撃的映像も流れていた。犠牲者のご冥福を心からお祈り申し上げる。
行方不明者の中には日本人5名も含まれており、他人事ではない。一方、現地からの報道によれば、ネパール外相は地元テレビ局のインタビューで、「地球規模の気候変動と温暖化によるヒマラヤ地域の『氷河溶解』が災害の原因」であり、中国、米国、インドは「補償を行う歴史的責任」を負っている、などと述べたそうだ。
更に、同外相は「急速な氷河溶解と壊滅的な山津波は気候変動の直接的な結果」であり、ネパールは「自ら作り出した訳ではない危機の究極の代償を支払っている」などとも訴えたそうだが、さぁて、本当にそうなのかなぁ。大災害があると必ず責任問題が浮上し、その中で「気候変動」や「中国共産党」などが槍玉に上がるものだが・・・。
この点については今週の産経新聞WorldWatchコラムに詳しく書いたので、ご関心のある向きはご一読願いたい。それにしても、今週は夏枯れから一変、これ以外にも突っ込みどころ満載だ。例えば、米国とカナダの対立は経済面から感情面に拡大し、米大統領は「オンタリオ湖」を「アメリカ湖」に名称変更するよう指示したらしい。
早速Google Mapは名称を変えたようだが、これにはカナダ側も黙っておらず、オタワ市議会が市内にある「トランプ通り」を改称する議案を全会一致で可決したと報じられている。代替案としては「TACO通り」などが挙がっているそうだが・・・、こうなるともう「子供の喧嘩」だろ~。いい歳をして一体何をやっているのか・・・?
もう一つ、今週気になったのが、民主的選挙に対する所謂「影響工作」である。過去10年ほど、欧米では各国選挙を標的とするロシアのSNS「影響工作」が問題化しているが、最近はインド太平洋地域でも中国による同様の工作が目立っている。この問題については友人の専門家が分かり易く解説しているので、ご一読をお勧めする。
さて次は、吉岡明子主任研究員によるロシア関連コーナーだが、今週は同研究員がまとめた「燃料危機・物流危機の次は穀物危機、ロシア政府が対応に苦慮――ロシア・メディアより」を以下の通りご紹介する。筆者もロシア国内情勢には強い関心があるので、とても興味深く読んだ。
ロシア産小麦の価格が暴落し、農民は生産コストを回収できない・・・・理由は違うが、どこかの国と同様ではないか、やはり古今東西、農業問題は難しいのか・・・・。
ロシアでは、度重なるウクライナによる長距離攻撃を背景に、8月半ば以降、燃料危機が再燃している。モスクワの給油所でもガソリン購入量の制限が再導入され、給油を待つ車列も再び発生するようになった。
物流の混乱も続く。7月以降、ロシアの通販最大手「ワイルドベリーズ」関連施設が相次いで攻撃されたことに加え、8月22日以降は、通販第二位「オゾン」の物流施設も標的となっている。
さらに、繰り返されるウクライナの長距離攻撃はロシアの港湾施設にも及んでおり、今夏、穀物輸出にも深刻な影響を及ぼしつつある。一方、ロシアもウクライナの港湾施設や船舶への攻撃を激化させており、世界有数の穀物輸出国である両国の輸出がともに打撃を受けている構図だ。
そのロシアでは、世界的に穀物価格が上昇しているにもかかわらず、国内の小麦価格は年初から35%下落、農家は大幅な採算割れに見舞われているという。政府は支援策を検討しているが、はたして現在のロシアに大規模な財政支援を行う余裕があるのか、疑念の声も挙がる。
そこで今週は、ロシアが直面するこれらの危機に関し、ロシア・メディアの報道を2本紹介したい。
(なお、以下の「独立新聞」の記事では、「容易でない状況」という表現が繰り返し登場する。ロシア語では通常「困難な状況」とも訳される一般的な表現だが、ここではあえて直訳した。ウクライナによる攻撃で生じた深刻な事態を、当局が「容易でない」という穏当な言葉で表現することを、同紙は「官僚的な婉曲表現」として皮肉っているのである。戦時下のロシアでみられるこうした言葉遣いについては、以前のコラム「戦時下におけるロシアのプロパガンダと変容するロシア語」でも紹介した。)
◆「政府、ウクライナによる攻撃の影響への対応を迫られる――輸出上の問題により、国内の小麦価格は35%下落」、8月27日付「独立新聞」(*要約)
・ロシア政府の定例閣議では、ウクライナとの軍事紛争に関連する議題がますます増えている。
・「容易でない状況」「容易でない環境」――政府当局者らは、農産物の輸出や国内各地域への燃料供給、クリミアでの事業活動に支障を生じさせたウクライナによる攻撃の影響を、まさにこうした「官僚的な婉曲表現」を使って説明している。
・ミシュスチン首相は、クリミアの「容易でない状況」に対処するため、現地企業などの社会保険料の支払いを猶予することを決定した。
・もう一つの「容易でない状況」が、ロシアの農業でも生じている。小麦価格は年初から35%下落した。政府は輸送支援などの対策を打ち出しているものの、農業危機を脱する兆しは今のところみられない。
・ロシアの燃料市場でも、もう一つの「容易でない状況」が続いている。政府はガソリンやディーゼル、航空燃料などの安定供給や備蓄確保について検討しているが、こうした備蓄がウクライナによる攻撃から守られるのかは不明である。
・また、ウクライナによる攻撃から民間企業や国有企業を防護するために、国家予算がどこまで費用を負担する用意があるのかについても、今のところ明らかではない。
◆「穀物、倉庫から運び出せず――ロシア産穀物、販売先を失う」8月26日付「コメルサント」(*一部要約)
・今年のロシアの穀物収穫量は3~6%の小幅な減少にとどまる見通しだが、農業生産者にとっての最大の問題は、収穫した穀物を販売することにある。
・ロシアの小麦収穫量の約半分、年間平均4400万~4500万トンが輸出に回されているが、8月の小麦輸出量は180万トンと見込まれ、前年同月比で2.5分の1にまで減少。2010年以来の最低水準を記録する見通しとなっている。
・最大の原因は、ウクライナの攻撃によるアゾフ海・黒海地域における航行の大幅な制限だ。7月以降、この影響で複数の主要な穀物・石油積み出しターミナルが操業を停止し、船主も高リスク地域での用船契約を拒むようになった。その結果、8月上旬に穀物の積み出しが行われた港は、前年同期の29港から8港に大幅に減少した。
・昨年はロシア産穀物の80~90%がアゾフ海・黒海地域を経由して輸出された。これほどの規模を他の港湾に振り替えることは、処理能力からして不可能だという。こうした物流上の問題に加え、エジプトやトルコなど主要輸入国からの需要低下も起きている。
・こうした輸出の制限によって、ロシアの農業生産者は事実上、販路を失っている。大量の穀物が現在、農業企業や地域の穀物貯蔵施設に滞留し、その結果、価格は暴落。農業事業者は、生産コストの半分という価格で収穫した穀物を売却せざるを得なくなっている。
・政府は農業生産者への支援策を講じようとしているが、大規模な財政投入を行うだけの予算上の余力はないとの見方もある。
・燃料費と物流費の上昇により、今秋の播種にかかる費用は前年より約20%増える一方、収益性は低下し続けている。こうした状況は来季の作付面積の縮小につながる可能性があり、農業省は食料安全保障への影響を懸念している。
続いては、これも、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
9月1日 火曜日 再選されたザンビア大統領が二期目の就任式
9月2日 水曜日 エストニアで大統領選挙
ロシア大統領、モンゴル首相、中国副首相と個別に会談
9月3日 木曜日 仏大統領訪英、英首相と会談
9月6日 日曜日 欧州委員会委員長とデンマーク首相がグリーランド訪問(2日間)
独Saxony-Anhalt州で議会選挙
9月7日 月曜日 米日韓軍、Freedom Edge年次軍事演習を開始(5日間)
最後はガザ・中東情勢だが、今週も米トランプ政権の迷走が続く。結論から言えば、イランをめぐる状況は、何度も申し上げている通り、「戦争でも平和でもない」状態が当面続く。ホルムズ海峡についても、イランに「完全封鎖」する能力はないが、米国にも「完全開放」する力がない、からである。
されば、今回のような散発的な「攻撃の応酬」が当面続く可能性は高い。事実関係を整理すれば、8月30日、米軍は「航路の安全を守るための限定的な自衛措置」として、ホルムズ海峡イラン側のラーラク島で、機雷を積んだロケットの発射準備をしていた発射装置2基を攻撃した、と報じられている。
これに対する報復として、イラン革命防衛隊は翌31日、ヨルダンの米空軍基地(確か前回はCIAの施設だったが・・・)に向け弾道ミサイルによる攻撃を行ったらしい。イラン側は戦闘機の配置場所、技術・維持管理に関連するインフラ、米軍の防空レーダーシステムを破壊し「多数の米兵を殺害・甚大な被害を与えた」などと主張するが、米側は「大きな被害はなかった」としている。勿論、真偽は不明だ。ちなみに、エルサレムポストは現状をこう分析している。
・在エルサレム米大使館は、「予期せぬ事態激化(escalation)の可能性がある」として、同地域の米国人に対し安全注意警告(a security warning)を発出した。
・中央軍(CENTCOM)は、同地域における米軍への攻撃を受けイラン国内の標的を攻撃しており、イラン軍の高官はタスニム通信に対し、テヘランの報復はそれの数倍の規模になると語った。
・JD・ヴァンスは、イラン指導部がホルムズ海峡を通る海上輸送を妨害するために、極端な手段も辞さない姿勢にあると述べている。
・あらゆる情報から、米国とイランの間で公然とした対立が継続していることがうかがえる。
まあ、当たらずとも遠からず、ではないか。皮肉なことに、10月に総選挙を控えるネタニヤフ・イスラエル首相にとっては、これも決して悪い状況ではないのかもしれない・・・。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
(本稿のポイントの文責:Japan In-depth編集部)
トップ写真:ネパールの洪水、ヒマラヤ国境地帯で数百人が行方不明に
出典:Photo by Ritesh Shukla/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

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