沖縄米兵事件とイラク撤退に見る「力の真空」
執筆:宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2026#40
2026年10月5-11日
【本稿のポイント】
・沖縄で米海兵隊員が強盗殺人容疑で送検され、元地位協定課首席事務官として許されざる事態であり政治問題化する危険がある。
・9月末に在イラク多国籍軍が完全撤退したが、過去の事例と同様に中東で深刻な「力の真空」を生み新たな混乱につながる。
・ウクライナ戦の長期化に対応するため、ロシアは半官半民組織や科学部隊を活用して若者をドローン開発や運用へ動員している。
遂に2026年もあと三か月になってしまった。歳をとったせいか、月日の流れが恐ろしく早くなったような「気もする」のだが・・・、本来、「時」は万物に対し「平等」のはず。要するに、筆者はもう「現役」ではないので、昔のように「細かい事象を刻一刻と追っては一喜一憂する」機会が減っているだけなのだ。有難いやら、申し訳ないやら・・・。
■沖縄米兵事件が孕む政治リスクとは?
先週は「米中首脳会談」についてやや詳しく書いたが、今週はあまり大きなニュースはないのかな?・・・などと油断していたら、沖縄県警が「米海兵隊の上等兵(20)を強盗殺人容疑で那覇地検に送検した」というニュースが飛び込んできた。「WTF、一体何をやってんだ!」という思いが込み上げてくる。
せっかく沖縄県に新知事が誕生したというのに・・・、今はもうない「外務省北米局地位協定課」の数少ない「首席事務官」の一人でもある筆者には言語同断の話。いかなる理由があっても認められず、米側には猛省を求めたい。同時に、犠牲となった方のご冥福をお祈りするとともに、ご家族・関係者の皆様にもお悔やみを申し上げる。
勿論、いかなる容疑者も有罪が確定するまでは「推定無罪」だ。しかし、この種の事件の政治的インパクトは、法律的議論とは別に、常に「政治問題化」する危険を孕んでいる。「若い海兵隊員だから・・・」といった理由にもならない背景説明はもう聞き飽きた。
在沖米軍のトップである「四軍調整官」は、米海兵隊第3海兵遠征軍司令官を兼務する海兵隊中将で、今年7月15日に就任したばかり。だが、同司令官は事態の重大性を正しく認識し、沖縄は勿論、日本側関係者の「怒り」を決して過小評価してはならないと思う。
■イラク完全撤退が生む「力の真空」
今週、沖縄以外では「パキスタン・トルコ、サウジに部隊迅速展開へ 3カ国共同防衛義務履行」といったニュースもあるが、筆者が最も気になったのは「在イラク米軍の完全撤退」だ。2003年以来、一時的中断はあったものの、ほぼ一貫してイラクに駐留してきた米軍を含む「多国籍軍」が9月30日に遂に「完全撤退」したからである。
残念ながら、このニュースの重大さを詳しく報じた日本のメディアは数えるほどしかなかった。日本は過去80年間、周辺地域が安定してきたためか、大規模軍隊の撤退により生じる「力の真空」が持つ安全保障上のインパクトへの「感度」は、悲しくなるほど「鈍い」ようだ。
この点については今週のJapanTimesに「イラクで生じた三度目の『力の真空』:三度目の正直はあるのか」(仮題)といった内容のコラムを書くつもりである。今回の在イラク多国籍軍撤退は、2003年のサッダーム失脚、2011年の在イラク米軍戦闘部隊撤退に次ぐ、イラクにおける三度目の「力の真空」の始まりを意味すると考える。
過去二回の「真空」ではメソポタミアに一体何が起きたのか?これを知れば、今回の多国籍軍撤退は、政治的には「正しい」が、地政学的には「新たな混乱」を生む大失敗となる可能性があることも理解できるだろう。外務省時代に二度も赴任したイラクだからこそ筆者は本能的に感じるのだが、いずれにせよ、これでイラクが安定するとは到底思えない・・・。ご関心ある向きは今週のJapanTimesをご一読願いたい。
■ロシアは若者をどう動員しているか?
さて次は、吉岡明子主任研究員によるロシア関連コーナーだが、今週は同研究員がまとめた「若者を『ドローン戦争』に備えさせるロシア――ロシア・メディアより」を以下の通りご紹介する。今のロシアが、昔の日本の「国家総動員体制」ではないにせよ、「長期戦」に備えつつあることを行間から読み取れるのでは・・・、と筆者は思った。
開始から5年近くが経過するウクライナ戦争。当初見られた戦車や装甲車両同士の戦いはほぼ消え去り、今ではドローンが戦場の主役の一つとなった。1機数百ドルのFPVドローン数千機が前線に沿って広がる「キルゾーン」を飛び交うのが、この戦争の日常となっている。
そうしたなか、ロシア・ウクライナ双方にとって、戦争の長期化を見据え、ドローンの開発や運用を担う人材の確保が重要な課題となっているようだ。そしてドローン戦の拡大は、戦場だけでなく、若者の教育や軍事訓練のあり方にも影響を及ぼし始めている。ロシアでは、ドローンを操縦する人材を入隊前訓練の段階から育成する一方、技術力を持つ若者を入隊後にはドローンなど先端兵器の研究開発にも活用している。いわば、ドローン戦は、開発から操縦まで、その裾野に若者を取り込みつつある。
ひとつは、ソ連時代から存在してきた「陸海空軍協力義勇会」(DOSAAF、1951年に設立され、射撃、自動車運転、航空、パラシュートなどの訓練を行ってきた半官半民の国防・教育組織)を活用し、入隊前訓練にドローン操縦者の養成を加えるための法整備を進める動きである。もうひとつは、軍内部で理工系の徴集兵を「科学部隊」に配属し、ドローンなど先端兵器の研究開発に携わらせる仕組みである。
以下に、「コメルサント」と「独立新聞」の記事をそれぞれ紹介する。
◆「『国防学校』を明文化――DOSAAF、新たな任務と旧来の資産を獲得、国家管理強化へ」、10月4日付「コメルサント」(※要約)
- 「陸海空軍協力義勇会」(DOSAAF)の活動を規定する連邦法が制定されることになった。法案はロシア国防省が作成した。
- 法案によると、DOSAAFは今後も、徴集兵、予備役、契約軍人を対象に、飛行・パラシュート訓練、海事分野の専門教育など従来からの活動を続ける一方、新たに、軍や治安機関、民間部門向けのドローン操縦者や無人航空システム専門家の養成にも取り組む。こうした無人システムのオペレーター養成は、国民の入隊前訓練の一環としても行われる。
- DOSAAFで受けた訓練の成果は、軍務に就く際の軍種や兵科への配属に反映されるほか、取得した専門技能は、その後の予備役としての活用を検討する際にも利用される。
- 同組織は2025年から大統領府や国防省などの代表が監督評議会に加わるなど、運営への国家の関与が強まっており、今回の法案はこうした体制を法律上正式に位置付けるものとなる。
- また、国から補助金や助成金が交付されるほか、現在DOSAAFが使用している飛行場や訓練施設、航空機、ドローンなどの国有財産も段階的に移管される。
◆「ウクライナ軍、兵士の地上ドローンへの置き換えを目指す――ロシアはウクライナの施設への攻撃に新型の無人機を投入」、10月1日付「独立新聞」(※一部要約)
- ロシア・ウクライナ双方が、戦場で先端兵器の活用を積極化させている。ドンバスでは、兵員不足に直面するウクライナ軍が航空ドローンや地上ドローンを使用しており、ロシア軍も同様の兵器の活用を進めている。
- ロシアでは、軍に徴集された若者の一部が、ドローンなど先端兵器の研究開発にも携わっている。参謀本部組織・動員総局長のエフゲニー・ブルジンスキー大将によると、すでにドローンや地上ロボットシステムなどの開発に携わっている才能ある徴集兵については、軍内に設けられた18の「科学部隊」で兵役に就く仕組みがあり、このうち8部隊は国防省の軍事技術研究拠点「ERA」に置かれている。
- また、軍需企業で働いていた若手技術者らを対象とする「科学・生産部隊」も16部隊あり、軍需企業の人材を維持することを目的としている。こうした部隊で兵役に就いた若者の8割以上は、除隊後も軍需企業で働き続けているという。
- ブルジンスキー氏によると、こうした徴集兵らはこれまで約2300件の研究開発に参加し、約450件の発明特許を取得したほか、4600件以上の技術改良・改善案に関与した。
- ウクライナ側によると、ロシア軍は最近、送電鉄塔や橋梁の破壊を目的とした新型UAVや、GPSなしでも自律飛行できる攻撃型UAV「ゲラン5」の新型を使用しているという。軍事専門家で退役大佐のウラジーミル・ポポフ氏は、こうした新型無人機の研究開発にも「科学部隊」の徴集兵が貢献しているとの見方を示している。
■今週のカレンダー
続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
10月6日 火曜日 国連事務総長のパキスタン訪問
10月7日 水曜日 EU外交トップのレバノン訪問(2日間)
クロアチア、南地中海諸国首脳会議を主催
10月8日 木曜日 英国首相の訪独、独首相と首脳会議
アイスランド、北極圏会議を主催
10月9日 金曜日 欧州評議会議長のオランダ訪問
チェコ共和国で上院議員・地方選挙(2日間)
10月12日 月曜日 第65回気候変動に関する政府間パネル(IPCC)会合(エチオピア)
世界銀行・IMFが年次会合を開催(タイ)
最後はガザ・中東情勢だが、先週に引き続き、今週もホルムズ海峡をめぐる状況は、原油タンカーの流れが徐々に回復しつつあるものの、基本的には変わっていない。他方、先ほどご紹介したように、イエメンでは大きな動きが表面化しつつあるようだ。5日のロイター電によれば:
- パキスタン、サウジアラビア、トルコの3カ国は、8月に署名した「メッカ共同防衛協定」に基づく義務を履行し、軍部隊のサウジアラビア展開で合意した。
- パキスタン外務省によれば、本決定は「承認済みの取り決め」の他、3カ国の国内法に基づき実施されるという。
- サウジ国防相は「3カ国の連帯と結束を再確認した」と投稿。
- サウジが支援するイエメン暫定政府軍は対フーシ派大規模攻勢でバベルマンデブ海峡周辺で攻勢を進め、港湾都市モカまでの地域を奪還したと発表。
要するに、米大統領に支援を断られたサウジアラビアがパキスタンとトルコに支援を求めた形だが、この二か国の支援だけでサウジの安全保障が確保できる訳はない。この一連の攻勢に米国やイスラエルは関与しているのか、しているとすれば、どの程度の関与なのか、等がとても気になる。
いずれにせよ、イエメンには第二次大戦以降、何度も分裂・統合、内乱、外国軍の介入が続いた悲しい歴史があり、今回の軍事作戦で決着がつくとは到底思えない。フーシ派を支援するイランだけでなく、イエメンにはUAEなど湾岸諸国も絡んでいるはずだし、一筋縄ではいかないのだから・・・。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
(本稿のポイント、リードの文責:Japan In-depth編集部)
トップ写真:那覇市国際通り
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