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.国際  投稿日:2026/10/21

フランス抗議デモの深層と、日本・世界への波及リスク 


執筆:宮家邦彦( キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2026#42
2026年10月19-25日 

【本稿のポイント】

・フランスの抗議デモ拡大について、日本の報道に影響の分析が欠けており、1968年の五月革命、2005年のパリ郊外暴動、2018年の「黄色いベスト運動」、2023年の抗議運動を振り返った上で、今回は2023年以来燻ぶり続けていた現象が再び表面化したと見るべき。

・北海道新聞記者が拘束された事件について、ロシア独立系メディアは、WSJ記者の拘束との類似性や、日本がロシアのハッカー集団「Qilin」のメンバーをドイツに引き渡した時期との近さに注目。

・ヘグセス米国防長官のイスラエル訪問は、対イラン再攻撃の協議とみられ、攻撃すればイランの報復で米国内の燃料価格が再高騰し中間選挙はますます不利になる。

 

■フランスの抗議デモはなぜ繰り返されるのか

今週最も気になったのはフランスでの抗議デモ拡大だ。日本の某局は「フランス各地で暴動拡大 政府が夜間外出禁止を要請 ルーブル美術館開館できず」とのヘッドラインで次のように報じていた。

何か問題がある訳では全くないのだが、この種の報道ぶりには「何か欠けているもの」があると思うのだが・・・如何だろうか?

  • 教育環境などの改善を訴えるデモをきっかけに、一部が略奪や放火などの暴動に発展したことを受け、フランス政府は19日、一部の地域を対象に夜間外出禁止令を出すよう要請した・・・
  • 18日被害を受けたパリ市内の店舗では片付け作業に追われ、オーナーによれば扉を破壊された上、スニーカーなどを奪われたようで、他の店舗も合わせて被害総額は約1億円相当に上るという
  • また、パリのルーブル美術館では美術史を学ぶ学生らの抗議活動により、開館できない事態となった・・・

 

「被害」に関する事実関係に間違いはない。だが、この「暴動」がフランスや欧州、更には米国や日本などに「如何なる影響を及ぼすか」についての分析や論考が全くないのだ。勿論、テレビニュースの時間枠は限られており、これでも詳しい方かもしれない。映像は言葉以上に雄弁だから、略奪の様子を流すだけで十分なのだろう。

だが、若者より「少しだけ長く生きてきた」筆者の視点はちょっと違う。フランスで「高校生も含む大規模なデモが発生し一部は暴徒化して略奪も起きている」と聞けば、筆者なら、「フランスでの大規模抗議デモ」といえば第二次大戦後「少なくとも数回は起きている」が、これら従来のデモと今回はどこが同じでどこが違うのか、と考えるのだ。

戦後フランスの主要な抗議運動といえば、まず思い出すのは学生運動。当時筆者は高校生だったが、大学生を中心に始まった1968年の 「五月革命」は後に労働者階級へも拡大し、大学改革要求や反米・反戦運動に火が付いた。高度成長の裏で保守権威主義的ド・ゴール政権や硬直化した大学制度への不満が爆発したからだ。

この種の学生運動は欧州諸国や米国、日本などにも飛び火し、その後世界的な潮流となった。フランスでは労働者の賃上げ、大学改革、ド・ゴール辞任が起きたが、この種の運動は世界的にも「フェミニズム、性解放、個人の自由」など伝統的家族観や権威主義からの、社会・文化的価値観の「解放」を定着させたといえるだろう。

思い返せば、当時は中国も文化大革命の真っただ中にあり、毛沢東に扇動された「紅衛兵」たちも「造反有理」などと騒いでいた。勿論、「文革」が欧米の学生運動に与えた間接的な影響は過小評価すべきではない。だが、それが現在の欧米の非伝統的・リベラルな価値観の源泉になったかと問われれば、答えは当然「否」である。

次の大規模抗議運動は2005年のパリ郊外暴動だ。ちょうど筆者の外務省退職直後だったので、鮮明に覚えている。パリ郊外の移民系若者・高校生らが始めた運動で、郊外住宅地に集中する高失業率、人種差別、社会的孤立、仏政府による強硬姿勢などに対する激しい不満・反発があったからだといわれる。

その特徴は、1960年代のようなイデオロギーや労組主導の運動ではなく、構造的貧困と孤立が生んだ突発的・自然発生的な暴動だったこと。フランス型の「共和主義的統合モデル(人種・宗教を問わず平等とする原則)」の限界を露呈させたといわれるが、同様の「移民」問題の失敗は当時英国など欧州各国でも表面化しつつあった。

第三の大規模抗議デモは2018年に始まった「黄色いベスト運動」である。SNSなどで連携した地方・郊外の労働者、低所得層、自営業者がマクロン政権による燃料税引き上げに反発して起きたといわれる。背景には、地方の自動車依存生活者に対する経済的圧迫やマクロン政権など都市部エリート層への不満があったようだ。

更に2023年には、アルジェリア系少年が警察官に射殺された事件を皮切りに、年金改革反対運動、教育制度改革(Parcoursup等)への抗議運動も起きている。そう考えれば、今回の「大規模抗議デモ」も、決して2026年10月に突如始まったものではなく、2023年以来燻ぶり続いていた現象が再び表面化したと見るべきではないか。

長くなったので、この辺で止めるが、この続き、特に、こうした運動がフランス特有のものなのか、それとも、1960年代のように米国や日本でも今後起こり得るものなのか否か、などについては今週のJapanTimesに小論を書く予定だ。ご関心ある向きは御一読願いたい。

■北海道新聞記者の拘束、その背景にあるロシアの思惑

さて次は、吉岡明子主任研究員によるロシア関連コーナーだが、今週は同研究員がまとめた「北海道新聞記者拘束の背景に何があるのか――ロシア・メディアより」を以下の通りご紹介する。さすがはスパイ量産輸出国のロシア、スパイ問題に関する論評も実に面白い。それに比べれば、日本メディアの分析は「まだまだ、だなぁ」とつくづく思う。

北海道新聞の日本人男性記者がユジノサハリンスクで拘束された事件で、モスクワの裁判所は13日、同記者を2カ月間勾留することを決定した。仮に裁判で有罪となれば、最長20年の拘禁刑を科される恐れがある。

日本人記者の拘束をめぐっては、2019年にも共同通信の記者が軍事機密を不正に取得しようとしたとする疑いで、ウラジオストクで一時拘束されたことがある。しかし、当時は数時間後に釈放され国外退去処分となったのに対し、今回はモスクワに移送され勾留されている。明らかにフェーズが変わった。

事件の背景には何があるのか――。ロシアの独立系メディアは、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)のエバン・ゲルシコビッ‌チ記者の拘束との類似性や、日本がロシアのハッカー集団「Qilin」のメンバーをドイツに引き渡した時期との近さなどに注目している。

以下に、ロシア当局による弾圧を受け、国外を拠点に活動する独立系メディアの記事を紹介する。ただし、今回の事件の背景については依然として不明な点が多い。

同記者の安全が確保され、一日も早く日本に帰国できることを願ってやまない。

◆「『モスクワは最初から日本との取引を狙っていた』――日本人記者の拘束について、調査報道サイト編集長が分析」10月17日付「ドシチ」(*要約)

スパイ容疑で拘束された日本人記者の事件について、調査報道サイト「アゲントゥーラ・ル」のアンドレイ・ソルダトフ編集長は、当初からFSBの中央本部が事件を担当しており、日本政府との「取引」を目的としているとの見方を示した。

ソルダトフ氏によると、今回の事件は「FSB地方支局の独自の判断によるものではなく」、当初から中央本部の管理下に置かれているという。

ソルダトフ氏は、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのエバン・ゲルシコヴィッチ記者の事件にも言及した。同氏によれば、当時、ロシア側が「殺し屋のクラシコフ」を取り戻そうとしていたことは明らかだったという。一方、今回の日本人記者拘束については、モスクワが日本側にどのような条件を提示するのか、「推測することしかできない」と述べた。

また、ソルダトフ氏によると、2026年に入り、日本の主要メディアがロシア情報機関の活動を相次いで取り上げるようになったという。さらに、米紙ニューヨーク・タイムズが、アエロフロートの職員をロシア軍参謀本部情報総局(GRU)の将校と指摘した記事は、「火に油を注ぐ」ことになったと同氏は述べた。「おそらく、現在起きていることは、こうした報道機関の関心の高まりに対する、ある種の対抗措置なのだろう」とソルダトフ氏は語った。

◆「FSB、サハリンで日本人記者を拘束したと発表、記者はすでに未決勾留施設に収容」、10月14日付「ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」(*一部要約)

10月9日、モンテネグロの警察と国家安全保障庁は、ロシアのウクライナ侵攻を支持する軍事情報プロジェクト「ルィバリ(Рыбарь)」の創設者ミハイル・ズヴィンチュク氏とその妻、プロジェクトの関係者3人を拘束した。

これを受け、メドベージェフ安全保障会議副議長は、「われわれの仲間を取り戻すため、欧米の間抜けどもを拘束して交換要員を増やすべきだ」と主張した。

その後、モンテネグロ当局は、拘束した5人全員が国家安全保障上の脅威に当たると認定し、国外退去を命じた。5人は11日未明、ベオグラードからモスクワに帰国した。

ロシアで外国人記者が拘束された直近の事例は、2023年のWSJのエバン・ゲルシコヴィッチ記者の事件だった。同記者には禁錮16年の判決が言い渡されたが、2024年8月、ロシアと西側諸国との間で行われた囚人交換によって釈放された。

◆「北海道新聞記者のサハリンでの拘束を受け、駐日ロシア大使に抗議文書を手交――FSBは捜査映像で、日本語のタクシー代の領収書を『スパイ活動の証拠』として提示」、10月15日付「バージヌィエ・イストーリイ(重要な話)」(*一部要約)

FSBが公開した捜査映像には、道新の記者の所持品から見つかったとされる2万円の受領書が映っており、そこには「協力に対して」との記載があった。しかし、日本研究者ウラジスラフ・パシチェンコ氏(早稲田大学)は、これはタクシー代の領収書だと指摘した。

また、治安当局は北海道新聞の現地支局で、ソ連時代の文書のコピーや日本語で書かれた書類も発見した。パシチェンコ氏は、これらはおそらく出張に関する書類や撮影の指示書だろうと説明した。

◆「日本がロシアのハッカー集団「Qilin」のメンバーをドイツに引き渡した後、FSBが日本人記者をスパイ容疑で拘束」、10月13日付「アゲンツトヴォ」(*一部要約)

道新の記者が拘束される少し前の10月2日、日本は5月に大阪で拘束していた28歳のロシア人男性をドイツに引き渡した。

ドイツ当局は、この男性を国際的なランサムウェア集団「Qilin(キリン)」の主要メンバーの一人とみている。捜査当局によると、男性は2024年9月にドイツの物流企業に対して行われたサイバー攻撃に関与した疑いがある。

■今週の外交カレンダー

続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

10月20日 火曜日 イスラエル大統領のハンガリー訪問

10月21日 水曜日 カナダ首相のトルコ訪問(3日間)

モンゴル大統領の訪独、独首相と会談

(別途)チェコ大統領の訪独、独首相と会談

10月22日 木曜日 BBCを名誉棄損で訴えた米大統領の裁判の公聴会

ベトナム大統領のベルギー訪問、欧州委員会委員長と会談

10月25日 日曜日 ブラジルで大統領決選投票

セルビアで議会解散選挙

ブルガリアで大統領選挙

最後はガザ・中東情勢だが、ホルムズ海峡をめぐる状況は基本的に変わっていない。今週筆者が最も注目するのは米国防長官のイスラエル訪問だ。報道によれば、19日にヘグセス米国防長官がイスラエルを訪問しネタニヤフ首相と会談したらしい。米国防長官のイスラエル訪問は就任後初で、国防総省は訪問を事前公表しなかったというが、一体何をしに行ったのだろうか。

このところ、米国とイスラエルが対イラン再攻撃の可能性を協議しているとの噂が広まっていた。中でも、国防長官は米政権内で最も攻撃再開を強く支持しているとも報じられている。おいおい、この期に及んで「イラン再攻撃」とは・・。あまりに「能のない」やり方。今やれば、それを機にイランは「待ってました」とばかり、原油や天然ガスのタンカーや関連施設を大規模攻撃するだろう。米国内のガソリン・軽油価格は再高騰し、中間選挙はますます不利になる。ヘグセス訪問の結果次第では、選挙後の同長官の「更迭」の可能性が高まるだけだろう・・・。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

(タイトル、本稿のポイントの文責:Japan In-depth編集部)  

シリーズ紹介・バックナンバー

宮家邦彦の外交・安保カレンダー バックナンバーはこちら

 

写真:パリ・共和国広場のマリアンヌ像の周囲でデモ参加者が集まる様子-10月17日
出典:Photo by Carl Court/Getty Images 




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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