《中国の反日教育の実態》その8「百人斬り」での日本への恨みと怒り
執筆:古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」1113回
【本稿のポイント】
・中国の中学生向け歴史教科書「中国歴史第4巻」は「南京大虐殺」の記述の最後で「百人斬り」を詳述、向井少尉と野田少尉は新聞記事を根拠に南京の軍事裁判で死刑となった。
・同教科書の「教師用教育指導者」は、日本軍の残虐行為を生徒に真剣に読ませ、「日本帝国主義への深い恨みと激しい怒り」を胸に刻ませるよう指示している。
・こうした教育が過去への恨みや怒りを現在の日本への否定的な感情につなげていく政治的な思惑を感じさせる。
中国の中学生向け歴史教科書「中国歴史第4巻」は、「南京大虐殺」の記述の最後で「百人斬り」を詳しく教えている。さらに教師に対し、日本への「深い恨みと激しい怒り」を生徒の胸に刻ませるよう指示しているという。ジャーナリスト古森義久氏が、反日教育の実態を検証する連載第8回。
◆中学教科書に登場する「百人斬り」
前回まで紹介してきた中国の中学生向け歴史教科書「中国歴史第4巻」の「南京大虐殺」の記述はその最後の部分で改めて「百人斬り」を詳述していた。
「百人斬り」とはすでに述べてきたように、戦後の日本でもなお論議を集めた事案だった。中国側と日本側と当然ながら、その事実関係をめぐって見解が衝突するなかで、当の日本側の内部でも意見が激しく分かれた経緯もあった。
その「百人斬り」を中国側は若い世代への教育で大きな力点をおいて、教え続けるのである。
中学生向けにはまずは以下のような記述だった。
「1937年12月、日本の東京日日新聞(いまの毎日新聞)は『紫金山のふもとで』と題し、次のように報道した。日本軍の少尉の向井と野田は100人を斬り殺す競争をして、野田は105人を殺し、向井は106人を殺したが、ただしどちらが先に100人目を斬ったかは不明のため、勝敗がつけにくく、あらたにどちらが先に中国人150人を斬り殺すかの競争をすることになった」
これまでの連載ですでに報告したように、この「百人斬り」は中国の小学一年生の国語読本「わたしは中国を愛する」にも登場する。それがまた中学生向けにももっと詳しく教えられるのだ。
◆新聞記事だけを根拠にした死刑判決
この事件の被告とされた向井敏明少尉と野田毅少尉は終戦直後の1946年6月、東京裁判のアメリカ側検事に呼び出され、尋問を受けた。短期間、拘留もされたようだった。
問題の記事を東京日日新聞と大阪毎日新聞とに書いた浅見一男記者もすでに東京で尋問されていた。その結果、向井、野田両少尉は責任不問のまま放免された。東京裁判の検事側は明らかに向井少尉らの「記事は戦意高揚のための創作だった」とする主張を受け入れ、新聞記事の内容を事実だとは判定しなかったようだ。
ところが翌1947年9月、向井少尉らは中国当局に逮捕され、南京でのBC級戦犯を裁く軍事裁判にかけられる。この裁判では「東京日日新聞は日本の重要な刊行物であり、もし殺人競争の事実がなければ、貴重な紙面を割き、被告らの宣伝に供する理由はない」という趣旨の判決が出され、2人への死刑が宣告されたのだった。2人は1947年12月に死刑の宣告を受け、翌月の1948年1月に南京の雨花台で公開銃殺された。
日本の新聞の記事がそっくりそのまま日本軍の残虐行為の例証として使われたケースはきわめて珍しい。というよりも新聞記事だけが証拠とされ、2人の日本人が公開銃殺に処されるという前代未聞の事例だった。被告となった2人は新聞記事での報道内容は否定していたのだ。しかもこの2人の写真を撮って、東京日日新聞に載せたカメラマンも「この記事は創作だった」と後に証言していたのだ。
だがこの「百人斬り」は「南京大虐殺」の重要な部分として戦後の何十年という年月、中国側の主張とおりの内容が中国の小学生、中学生に延々と教えられてきたのである。
ちなみに日本側では戦後、向井、野田両被告の遺族がこの裁判での糾弾や判決を事実に反するとして抗議と否定の行動をとった。毎日新聞や中国側の主張を事実として全面的に報じてきた朝日新聞社、さらには同社記者の本多勝一氏らを名誉棄損罪で訴えたのだった。ただしこの訴訟は日本の最高裁判所までいったが、原告の訴えは認められなかった。しかし「百人斬り」自体の中国側からの糾弾が新聞記事を唯一の根拠としているという実態だけは、日本側でもいやというほど、明示された。
◆教師への指示――「深い恨みと激しい怒り」を刻ませよ
中国側の教育方針にはさらに注視すべき点があった。この「百人斬り」などを教える「中国歴史第4巻」は教師の側に対して、どのような教え方をするか、なまなましく指示していたるのだ。「教師用教育指導者」には以下のように明記されていた。
「『南京大虐殺』については血に満ち満ちた事実により日本帝国主義の中国侵略戦争での残虐性と野蛮性を暴露せよ。教師は授業のなかでとくに小文字の記述での日本軍の残虐行為の部分を生徒に真剣に読ませて、日本帝国主義への深い恨みと激しい怒りを生徒の胸に刻ませよ。南京大虐殺の時間的経過と日本軍に殺された中国軍民の人数を生徒に覚えさせよ」
教師たちはこんな具体的な指示に従って、中学生たちに日本の残虐性を教えるのである。歴史教育での過去の「日本帝国主義への恨みと怒り」をいまの中国の中学生の胸に刻ませるという教育目的は現在の日本への恨みや怒りを煽ることに、つながりかねないだろう。日本側としてのそんな懸念は決して過剰な反応ではないだろう。戦時の日本軍の残虐行為への恨みや怒りを現代の日本への同様のネガティブな感情へと発展させていく。中国側のそんな政治的な思惑がどうしても浮かびあがってくるのだといえる。
(つづく)
【よくある質問(FAQ)】
Q1:「東京裁判」とはどのような裁判ですか?
A:第二次世界大戦後、連合国が日本の戦争指導者らを裁くために開いた極東国際軍事裁判の通称です。
Q2:「名誉毀損罪」とはどのような罪ですか?
A:公然と事実を示して他人の社会的評価を傷つけた場合に成立する罪です。
Q3:「雨花台」とはどのような場所ですか?
A:中国江蘇省南京市にある地名です。
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
写真:南京城壁の上で、日本兵が勝利の歓声を上げる様子-1938年-南京
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

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