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.国際  投稿日:2026/11/4

《中国の反日教育の実態》その10 高校生にも日本軍の大虐殺を


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執筆:古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」1117回

【本稿のポイント】

 ・中国の高校生向け教科書は、「南京大虐殺」で30万人以上が殺されたと記し、教師用の学習指導要領は、その根拠を「極東国際軍事裁判の調査報告」としている。

・この数字は東京裁判の検察側が出した中華民国の検察官の報告書に由来し、判決では採用されなかった。

・ラーベ氏やダーディン記者は、中国政府の主張する数字は国際的にもどこからも出てこないとしている。

中国の高校生は、歴史教科書で「南京大虐殺」をどのように学んでいるのか。教科書本文と教師用の学習指導要領をたどると、「30万人以上」という数字の根拠として示されるのは「極東国際軍事裁判の調査報告」だった。ジャーナリスト古森義久氏が、その根拠を検証する連載第10回。

◆高校教科書は「南京大虐殺」をどう教えているか

気の重い作業ながら、「南京大虐殺」は中国の高校ではどう教えられているかを追ってみた。中国では高校は高級中学と呼ばれ、15歳から17歳までの男女が通う。この点は日本と同様だといえよう。

この探索の結果、中国の歴史教育での「南京大虐殺」の記述がそもそもなにを根拠としているのかがかなり明確に判明してきた。この点はミステリーのナゾを一つ解くような感覚だった。では順を追って報告しよう。

中国の高校生たちは中国の歴史については主に「中国近代現代史」という教科書で学ぶ。この教科書は上下二巻から成る。上巻は1840年代のアヘン戦争から1920年代の国民革命まで、下巻はその後の国共衝突からほぼ現在までを、それぞれカバーしている。

日本との戦争の歴史はその下巻の第一章の「国共十年対決」と第二章の「中華民族の抗日戦争」とに盛りこまれている。「南京大虐殺」はその第二章の一部なのである。以下、この教科書の2000年版で実際の記述をみよう。

「1937年12月、日本軍は南京を攻略した。国民政府は重慶へと移り、重慶は戦時の臨時の首都となった。日本軍は南京で極悪非道の大虐殺を行い、30万人以上もの人たちが殺された」

本文はこれだけだった。思ったより短いのだ。「南京大虐殺」は小中学校でくわしく、なまなましく教えられたから、高校では概略を復習するということだろうか。しかし本文の補強として次のような「目撃証言」が加えられている点に注視しなければならない。

「南京大虐殺の目撃者、地元の住民の史栄禄の証言によると、日本兵は中国人のひとつの集団を一定地域に連れていき、前日にそこで殺された人たちの死体を川(揚子江)に棄てさせた後、みな射殺した。史栄禄はこのような虐殺が3日間、続けて、日本軍により断行されるのを自分の目でみた、というのだ」

この記述も小中学校での教育内容と大差はない。歴史の報告に真実性を加味するための具体的とみられる材料の提示だろう。

この高校生向けの教科書にはなお冒頭に目立つグラビアがある。南京大虐殺記念館の被害者たちの白骨の展示がカラー写真で大きく載っているのだ。

◆教師用学習指導要領が示す「30万人以上」の根拠

さてこの教科書を高校生に実際にどう教えるのかを解説した教師用の学習指導要領のなかの南京部分にはきわめて興味を惹かれる記述が出てくる。この記述こそがこれまでのナゾを解くカギのようなのだ。

この学習指導要領には、各章ごとに「資料と注釈」という付記がある。そのなかの「日本軍の南京大虐殺」という項目では以下のような記述があった。

「極東国際軍事裁判の調査報告によれば、なんの罪もない南京市民と武器を捨てた中国軍兵士のなかで集団的に殺害され、死体を焼かれ、証拠の隠滅をされた人たちは19万人以上、個別に虐殺され、死体を慈善団体に埋葬された人たちは15万人、合計30万人以上の人が殺された」

極東国際軍事裁判、つまり東京裁判の調査報告なるものの19万プラス15万の合計34万人という数字が中国の高校生用の歴史教科書での「南京大虐殺犠牲者30万人以上」という記述の根拠なのだと主張するわけだ。

◆東京裁判で退けられた数字

しかしこれまた南京事件について少しでも調べた経験のある向きならば、ここではたと思いあたるだろう。「集団的に殺害された19万人以上、個別に虐殺された15万人以上」というのは、東京裁判の判決ではしりぞけられた検察側の主張の一部だったからだ。

1946年5月から開かれた東京裁判では「南京虐殺事件」が裁かれたが、その際に検察側から立証材料として、当時の中華民国の南京地方裁判所付属の検察官が作った報告書が出された。

1946年はじめに作成されたこの報告書は集団、個別の両方で犠牲になった中国人の総数を34万人としていた。「集団殺害が19万、個別虐殺が15万」という主張は東京裁判とは別に中華民国が主体となった南京裁判でも公表された。

だが東京裁判で検察側がこの主張を述べると、弁護側からすぐ「当時の南京の総人口が20万だった」という反論が出て、判決でも採用されなかったのである。

なんのことはない。

いまの中国が唱える「南京大虐殺犠牲者30万以上」という主張の最大根拠は、中華民国の国民党政権が南京事件から8年後に作った報告書だったのである。中国の国定教科書にみる限り、中国が主張する「南京大虐殺」の規模は国民党の南京検察官からの借り物にすぎなかったのだ。

中国当局は1985年の南京大虐殺記念館の開館を機に、特別の調査委員会を組織して死亡者総数も独自に調べたと称する。だがその結論も「集団虐殺が19万、個別の虐殺が15万」と、国民党の昔の調査結果とまったく同じだった。

中国の歴史教科書を小学校、中学校、高校からさらに学習指導要領へとたどり、やっと突き当たった「根拠」はこんな薄弱な引用だったのである。薄弱というよりも誤用と呼んだほうが正確だろう。南京での犠牲者34万というのは、東京裁判ではあくまで検察側の一方的、一時的な主張であり、判決では排されたからだ。

であるのに中国当局は歴史教育でそれを「極東国際軍事裁判での調査報告」と称し、東京裁判が認めた結果であるかのように提示しているのだ。そんなすり替えが許されるならば、日本側も南京事件についての「民間人の虐殺なし」という弁護側の日本人証言や、インドのパル判事の全被告無罪の意見書を「極東国際軍事裁判の調査報告」として日本での歴史教育の最大根拠に使ってもよいことになってしまう。

◆ラーベ氏、ダーディン記者が示した数字

ちなみに南京の犠牲者規模については、東京裁判の個別判決では10万以上という数も示されていた。

戦時の南京に実際に滞在していたドイツ人実業家のジョン・ラーベ氏は「死者は5,6万」という数字を種々の報告で明記した。日本軍の南京攻略を現地で目撃し、その第一報を外国特派員として初めて伝えたニューヨーク・タイムズのティルマン・ダーディン記者は後日、「中国側の死者は3万から4万」という数字をあげていた。ダーディン氏には私自身がその後に長時間インタビューして、当時の資料をもとに詳細に話を聞いた結果だった。

要するに中国政府が主張するような数字は国際的にもどこからも出てはこないのである。

(その11につづく)

【よくある質問(FAQ)】

Q1:「極東国際軍事裁判」とはどのような裁判ですか?
A:第二次世界大戦後、連合国が日本の戦争指導者を裁くために開いた裁判で、「東京裁判」とも呼ばれます。

Q2:「学習指導要領(教師用)」とはどのようなものですか?
A:教科書を実際にどう教えるかを教師向けに解説した指導資料です。

Q3:「国民政府(国民党政権)」とはどのような政権ですか?
A:蒋介石が率いた中華民国の政権です。

(本稿のポイント、リード、中見出し、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

写真:Mass Grave at the Nanjing Massacre Memorialの写真素材
出典:Materia / GettyImages




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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