[為末大]<自己実現病>仕事はやりたいからニーズが生まれるのではなく、そこにあるニーズに自分をあわせる
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
「自己実現」という言葉を聞くようになったのはいつからだろうか。
少し意味合いは違うかもしれないけれど、スティーブ・ジョブズあたりから、日本でも、「本当に愛せる事をやるべきだ。人生は短い」、「本当に意味のある事をやろう」というような言葉が増えたように思う。
今の若者達もそういう思いが強いのではないか。確かに好きな事をやりながらそれで生活が成り立ち、おまけに成功もできて生きていければ、それが最上だと思う。
ところが世の中は、実はそんなに簡単にできていない。好きな事をやっても生きていけるのは才能があるからだと思う。
引退したアスリートの人生は厳しい。引退して好きな事や愛せる事を一生懸命探したけれど、一向に見つからなくて焦った。考えて考えて、それでも見つからなかったから、諦めて、なんとかして生き残ろうと思った。好きかどうかなんて、もうこの際関係ないと。
「僕がなりたいものはなにか」という問いをやめて、「僕は何の役に立ちますか」という問いかけを周囲にするようになってから、良くなり始めた。考えてみれば、自分の使い道は自分より外の方が見えているのかもしれない。ヤカンはヤカンとして使われるべきだ。
「自己実現」は素晴らしいと思う。でも過剰にこだわると、現状の自分も無視して、周囲のニーズも無視して、ひたすらに「こうであったらいい」という願望を追いかける。趣味ならそれでもいいけれど、仕事はやりたいからニーズが生まれるのではなく、ただニーズがそこにあり自分は合わせる側。
勝てば官軍は本当だと思う。勝てば幸せなのかどうかはよくわからないけれど、少なくとも勝ったものが生き残る。
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