[神津多可思]【脱デフレ見えても日本経済の行方は?】
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)
重要な経済指標は、月末から月初にかけて立て続けに発表される。最近の数字は総じて弱い。消費税増税前の駆け込みの反動で4~6月の指標が良くないことは予想されていた。しかし、7月以降、経済は拡大基調に戻ると期待されていたのだが、実際は何とも心もとない展開だ。
マクロ経済の動きを敏感に反映する製造業の生産をみると、4~6月に1~3月比-3.8%の大幅減となった後、7月は前月比+0.2%の小幅な増加となった。8月、9月と企業は生産水準の引き上げる予定だが、それでも7~9月の生産水準は昨年10~12月には及ばない。
国内生産の基調が弱い背景の1つは輸出が伸びないことだ。グローバル化・高齢化が進展しているため、輸出が以前より減るのはある意味自然だが、付加価値ベースでみた実質輸出は、昨年後半以降、低下トレンドをたどっている。ここまで弱いのは想定外だ。
家計に目を転じても、労働者の給与は、今春ベアもあって全体としては前年比プラスになっているが、4~6月の一人当たり賃金は前年比1%増にも届かず、7月にボーナスが伸びて漸く2%台となった。しかし、その一方で消費者物価は消費税増税の影響もあり3%以上上昇しているので、実質所得はなおマイナスの状況が続いている。こうしたこともあり、7月の実質消費支出は前年比-5.9%の大幅減となった。
この夏の異常気象も影響しているという指摘もある。そうではあったとしても、日本経済が今回の消費税増税を余裕で乗り切ったという感じはしない。もうちょっと元気な展開というのが大方の希望的観測だったと思うが、何を読み違えたのだろうか。
希望的観測の根拠として、まずアベノミクス第三の矢による成長率押し上げ効果が挙げられる。しかし、成長戦略とは結局のところ構造改革であり、そこにはいろいろ摩擦があり、速やかに進むものではない。それに何かが変わったとしても、すぐに成長率が底上げされるものでもない。
もう1つ、デフレから脱却すれば成長率が底上げされるという主張もずっとあった。2%インフレの目標まではまだ距離があるが、デフレでなくなったということは次第にはっきりしてきたように感じる。しかし、それによって景気の足腰がしっかりしたかというと、そこはまだ確認できていない。
日本が経験してきたようなマイルドなデフレであっても、企業家の進取の精神にはプラスには作用しない。したがって、長きにわたり主にリストラのパターンで生き延びてきた多くの企業家は、脱デフレがみえてくれば何かスタンスを変えるはずだ。だがそれも、1年や2年で急に現れるということでもないようだ。これまでのところ、企業部門全体としては、まだ潤沢な内部留保を維持したままである。
さて、ここから先どうなるのだろうか。悲観的に考えれば、結局、現在の日本経済の成長の実力はこの程度であり、これを前提に、当面の持続可能な安定した成長経路を設計しなくてはならない。それは、財政赤字削減や社会保障制度改革に非常にインパクトがある。
一方、楽観的に考えれば、アベノミクス第三の矢の効果も、脱デフレの効果も、それがフルに顕現化するまでなお少し時間がかかるので、それまでの間に日本経済が再び不調に陥らぬよう対応怠りなきを期すことが重要だ。
どちらが正解かは、歴史に任せるしかない。しかし今のところは、リアリティは両論の中間にあると考えておくべきではないか。日本経済の実力が速やかに高まっていくとまでは楽観しない。その一方で、成長戦略・脱デフレの成長率引き上げ効果がないとまでは悲観しない。そして、両面からの取り組みの手を緩めない。今できることは、そういうことなのではないかと思う。
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