[田村秀男]【総理、増税包囲網に屈するな】
田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員)
「さすがにこの人だけはよくわかっているな」と印象付けられた。安倍晋三首相の14日のNHK番組での「経済がガクッと腰折れしたら思惑通りに税収は上がらない」との見解である。テーマは、来年10月から消費税率を予定通り10%に引き上げるべきかどうかについてで、財務官僚に洗脳された不見識なメディアはほとんど無視した画期的な発言だ。
対照的に、谷垣禎一自民党幹事長をはじめ、与党幹部の発言はまず増税ありきとする財務官僚の描くシナリオを何の疑問もなくなぞらえているのは、何とも情けない。首相発言を裏付ける材料として、本連載7月30日付「<97年の増税後の慢性デフレを忘れるな>責任のない官僚の勧める増税こそが財政収支悪化の元凶という現実」で紹介したグラフを再度掲載した。
グラフは1997年度の消費税増税以降、増税前の96年度と比べて税収がどうなったかを示している。所得税収と法人税収は大きく落ち込み、その減収分が消費税増収分をはるかに超えて財政が悪化し、現在に至る。全体の税収が増えたのは97年度だけだが、同年度でも消費税以外の税収は減っている。98年度からはデフレ局面に入り、消費税を含む全体の税収は96年度を下回り続けている。
拙論は1年前の消費税率の8%引き上げ最終決定時にも「消費税増税で財政収支は好転しない」という論陣を産経新聞紙上などで張っていた。某実力者を通じてそのデータとグラフが安倍首相にも伝わるようにしたが、3党合意で関連法案も成立していた増税を覆すほどの材料にはならなかった。今回ばかりは安倍首相がその点を深く認識し、公式見解としたように思える。
仮に安倍首相が来年の10%への税率引き上げを見送る決断をしたとしても、すでにことし4月からの増税に伴って、4〜6月期の家計実質消費は戦後最大級の落ち込みを示している。五月雨式に発表される7、8月の消費関連のデータをみても5,6月を下回る有り様で、政府、民間エコノミスト多数が主張してきた7月からの「V字型回復」なぞ幻想に近いことは否定しがたい事実だ。
楽観論ばかり報じてきた日経新聞もさすがにまずいと思ったのか、最近では景気への警戒論を繰り返し報じるようになった。企業在庫は増える基調にあり、雇用や設備投資の下方修正に向かえば、まさに97年度増税の繰り返しだ。そうなると、脱デフレどころではなくなり、税収の伸びは鈍化し、2015年度は14年度を下回る恐れすら出てくる。
安倍発言はまさにこのポイントを衝いている。消費税再引き上げどころの事態ではないはずだ。論じるべきは、再増税合理化のための「景気対策」ではなく、再増税延期と現役世代に対する所得税減税のはずである。
首相が極めてまともな見識を示していると言うのに、冒頭に挙げた谷垣氏は公明党の山口那津男代表、民主党の野田佳彦元首相と、消費税率引き上げを決めた「3党合意」当時の党首と12日夜に都内で会合し、来年10月の消費税率を10%への引き上げを再確認する始末だ。麻生太郎財務相兼副総理、二階俊博総務会長や稲田朋美政調会長も増税派だ。
首相は消費税増税に関しては言わば「四面楚歌」にさらされている感があるが、卓越した指導力とその洞察力で包囲網を突破してもらいたい。
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