[清谷信一]近代オリンピックは欧米の歴史コンプレックスが源流だ①
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
[②に続く]
2020年に東京でのオリンピックが決まったことで、取らぬ狸の皮算用をしているビジネスマンや投資家も少なからずおられるだろう。
そもそもな話だが、国家がオリンピックというイベントに参加するべきなのか、という根源的な話を政府も東京都も行ったことがあるのだろうか。オリンピックを推す人たちの言い分は、金が儲かるという本音は置いておいて、スポーツを通じて国民の健康に寄与するとか、平和の祭典だからというようなものだろう。
だが、スポーツが体にいいのはチャラチャラと遊び程度でやっているレベルある。真剣にやると体を酷使して、怪我や病気になる。オリンピック選手含めてアスリートは故障だらけで、障害が残ることも少なくない。それなれば太極拳やヨガでもやっている方がよほど健康的だ。
オリンピックにかかる費用でそのような啓蒙活動を行い、国民の健康が増進されれば医療費を中心に社会保障費を削減できるだろう。逆にオリンピックを目指すような真面目なスポーツマンを増やせば社会保障費は増えるだろう。
平和の祭典も単なる建前で国威発揚や政治利用、外交利用の場となっている。かつて西側諸国はソ連のアフガン侵攻に際してモスクワオリンピックをボイコットし、その仕返しでソ連と東側はその次のロサンゼルスオリンピックには、アメリカのグレナダ侵攻を理由にボイコットした。
「平和の祭典」は国際的な政争の具となっている。紛争や戦争がいけないならば、アフガンで戦っているアメリカ及びその同盟国の参加は問題ないのだろうか。またジンバブエや中国、イランのような独裁国家が国威発揚にために利用するのを防ぐために、この手の国の参加は認めないという配慮は必要ないのか。
聖火リレーはナチス・ドイツが国威発揚に利用したベルリン大会から始まったが、あれだけナチスがキライな欧州諸国がこの「奇習」を何故続けているのも筆者にとっては不思議だ。
近代オリンピックはフランスのクーベルタン男爵が19世紀末のソルボンヌ大における会議で提唱し、決議されたのを発端とする。その背景には欧米の文化のルーツはグレコ・ローマンであり、自分たちはその正当な後継者だと「信じたい」という心情が働いている。だが彼らはグレコ・ローマンの正統な後継者ではない。だから欧米人は意識するしないにかかわらず、自分たちの文化的ルーツにコンプレックスを持っている。
現在の欧米文化と古代のギリシャ・ローマに文化的な継続性は無いと言って良い。文化は完全に断絶している。当時の文明の中心は地中海沿岸とオリエントだ。フランスやドイツ、英国、北欧などは当時は辺境の野蛮人で文化圏の埒外にあった。
古代ギリシャ・ローマの文化や学術を受け継ぎ、文献を残してきたのはイスラム世界だ。十字軍などの蛮行の後に14世紀にイタリアで起こったルネッサンスは、古代ギリシア、ローマ文化の「復興」運動だ。つまり欧州はイスラム圏で古代文化を「発見」したのだ。それが証拠にアテネのオリンポスの神殿に観光でいく欧米人は多いが、メッカ巡礼のような宗教的な理由で訪れる人間はまずいない。
これを我が国の伊勢神宮と較べてみればよく分かる。伊勢神宮は未だに多くの参拝者があり、なにより「生きた宗教施設」である。現地には多くの氏子もおり、信仰の対象として根付いている。伊勢神宮が生きている生身の生き物であるとするならば、オリンポスの神殿は、エジプトのルクソールの神殿などと同じで「死んだ宗教施設」である。いうならば骸骨の標本に過ぎない。
現存しているコリント様式の大理石製の神殿の柱や彫刻などは、大理石の素がむき出しの白色となっている。だがかつてグレコ・ローマンの時代には鮮やかに彩色されていた。これを欧米諸国は知らずに白色の大理石の地の色がオリジナルだと思い込んで、多くの白色のコリント様式の建物を建てたのだ。
あろうことか、大英博物館ではかつて、グレコ・ローマン時代の彫刻などの塗装されていたものを、これは我々のイメージのものではないからと、剥がして磨いてしまった。つまり現在の英米人は洗浄して漂白された骸骨の標本を、生身の生き物であるかのように誤解していたのだ。それは現在の彼らの文明がかつてのグレコ・ローマン文明と断絶していたからだ。
このようにグレコ・ローマンに対するバイアスが掛かった、ある意味勘違いが近代オリンピックの元になっている。英国の上流階級の子弟が大学を卒業すると得てして卒業旅行でイタリアを旅するが、それもこのようなグレコ・ローマン・コンプレックスから始まったものだろう。
[②に続く]
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