[岩田太郎]【安楽死で母の期待に応えたブリタニーさん】~母や夫の賛成で奪われた「考え直す」機会~
岩田太郎(在米ジャーナリスト) 「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
プロフィール
膠芽腫(こうがしゅ)と呼ばれる不治の脳腫瘍を患い、11月1日に医師から処方された薬で安楽死を決行したブリタニー・メイナードさん(享年29)が投げかけた「尊厳ある死の合法化」について、米国では議論が続いている。
ブリタニーさんが公開した動画で、死に急ぐ理由として「最悪の事態は、私が一日一日を生きようとした結果、病気が悪化し自分で決断ができなくなることだ」と述べていたことに改めて注目が集まっている。彼女は、病気によって自己コントロールの力を失うことを、怖れていたからだ。
その気持ちは「ボケて、下の世話などで周りに迷惑をかける前に逝く」という、日本のぽっくり寺信仰にも通じるものがあり、だからこそ世界中から共感を呼んだのだろう。
しかし、医師による末期患者の自殺幇助に反対する立場の保守派評論サイト『デイリー・シグナル』のカトリーナ・トリンコ編集主幹は11月3日、「自分の死に様をコントロールすることは、実際はほとんど不可能だ」と指摘。「認知症になっても、うつ病で機能できなくなっても、大人のおむつをするようになっても、人は人である限り、尊厳を持ち続けるのだ」と主張した。
そして、ブリタニーさんと同じく脳腫瘍を患う二人の女性のカラ・ティペッツさんとマギー・カーナーさんが、ブリタニーさんの生前に「まだ死なないで」とコンタクトをとっていたことを紹介し、「彼女らも、尊厳のある死をいつか迎える。安楽死なしに。だから、何が『尊厳のある死』かを勝手に決めるのはやめよう」と結んだ。
一方、リベラル派月刊誌『アトランティック』のオルガ・カザン記者は11月3日の電子版で、「安楽死については、米国は欧州に遅れをとっている」としながらも、「落ち着いていたブリタニーさんと違って、患者がうつ病や絶望に陥っている場合には注意が必要だ」と警鐘を鳴らした。
ブリタニーさんは、カザン記者が指摘したように極めて冷静で、あらゆる角度から安楽死を分析した上で、それを選択した。因みに彼女は、カリフォルニア大学バークレー校を卒業後、同大学アーバイン校で教育学の修士号を取得した才女であった。
母親や夫は安楽死には最初から賛成していた。だが、自分が最良と思って下した決断に、最も親しい人の反対を受けなかったことは、内心寂しくなかっただろうか。死ぬことは自分の決めたことで、干渉はさせない。だがしかし、引き止められたい気持ちが少しはあったのではないか。
親族は、ブリタニーさんに死の選択を与えたことで、逆に「考え直す」という選択を奪う逆説的な状況を作り出したのではないか。家族の反対があってこそ、「選択」は本当の選択になるのではないだろうか。もし、彼女に幼い子供がいて反対されれば、考え直すチャンスがあったかも知れない。
子供好きのブリタニーさんは、生前の動画で、「人生最大の後悔は、夫と子供が作れなかったこと」だと何回も述べていた。シングルマザーで科学の教師であったデビー・ジーグラーさん(56)に女手一つで育てられたが、自身は伝統的な家族を築きたかったのである。
ブリタニーさんの死後に発表された訃報には、「私心がなく、愛情に富む」と形容された母親のデビーさんとその夫(継父)、自身の夫や夫の両親が遺族として記載されていたが、実の父親が載っていないのが非常に目立った。生きているかも不明だ。
動画などから明らかなのは、母デビーさんが「自己選択の権利」を至上の価値と見なし、彼女が「いい子だった」と言うブリタニーさんが、最後の「選択」でデビーさんの期待に見事に応えたことである。
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