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.経済  投稿日:2014/11/6

[神津多可思]【追加緩和という「続・海図なき航海」】~量的緩和は最善の途か、意見戦わせよ~


神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)「神津多可思の金融経済を読む」

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先週、日銀が追加の金融緩和を実施した。昨年4月に黒田総裁が掲げた2年で2%のインフレ目標の達成が危ぶまれるようになって、いつかは追加緩和があるだろうとみる向きも多かった。しかし、先週というタイミングは金融市場にもサプライズだったようだ。それを受け、株価は急騰し、為替レートは円安に振れた。期待通りの効果が出たということだろうが、そこまでやって大丈夫なのかと心配する声も一部から聞こえてくる。

英経済紙フィナンシャル・タイムズは、その社説で、今回の日銀のアクションをサポートしている。中央銀行の信用というのは約束を守ることであり、もしこれからもインフレ期待が高まらなければ黒田総裁はもっと行動すべきだと主張した。

一方、米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、やはりその社説で、すぐにまた金融市場は一層の緩和を求めてくるだろうから、今回のような量的緩和拡大を続けることがいつまで効果を持つか分からないとして否定的な論評をした。

このように両面の評価が出てくるのは、量的緩和について、その波及の仕方、効果の程度などが、なおはっきり分かっていないからだ。また効果があるとしても、限界的に効果は小さくなっており、最初の目標を実現するためであればどこまでも量的緩和を拡大していいのかという漠とした不安もあるだろう。

どちらを信じればいいのかにわかには判断がつかない。量的緩和は、政策金利がゼロになってからさらに進める金融緩和だから、限界的な効果が小さくなるとしても仕方がない面はある。また、そこでは「期待」に働きかけるという何とも制御できない要素が前面に出てくるので、効果には不確実性があり、したがって中央銀行の行動の予測可能性が低下しても仕方がない。そうではあっても、マクロ経済の状況が不安定で、かつ何かできることがあるのであれば、それをするのが国民経済の健全な発展を目指す中央銀行のあるべき姿ではないか。たしかにこの論理は一理ある。

他方、副作用ゼロの政策というのは考えられないので、政策の実行は常にプラスとマイナスのバランスの中で考えるべきだとも言える。前代未聞の政策を進める場合、その副作用もどのようなものになるか極めて不確実だ。したがって、政策効果がさほど大きくないなら、その不確実性とのバランスで、できることであっても慎重になるのが経済全体に責任を持つ中央銀行が拠って立つべき考え方ではないのか。とくに日本の場合、2年で2%のインフレになったとしても、アベノミクス第3の矢の進展が遅い中で、結局、経済の前向きの循環はすぐには強まらず、むしろインフレの弊害の部分が先に出ている面もある。したがって、インフレ目標達成も、成長戦略実行とのバランスをとって、もっとゆっくりにしたほうが健全な経済発展が実現できるのではないか。これも一理ある。

よくよく考えてみれば、日本経済は1990年代初頭のバブル崩壊以降、先進経済にとって先例のない大きな環境変化を経験してきた。その激流をうまく泳ぎ切るためには、やはり先例のない対応が必要になるのは避けられない。その時、行動するか、しないかという決断は、既存の知見をすべて参考にすることができたとしても、それらから演繹的に引き出せるものではないのだろう。世界の歴史を振り返っても、そういう例はたくさんある。

一方、その決断の影響を受ける多くの人々は、前代未聞の大きな転換点に差しかかった時、どうすればいいのだろうか。とくに金融政策は、金融市場における金融機関による金融仲介を通じて経済全体に波及する政策であり、その金融市場には情勢分析に従事する者も含め実に多くの関係者がいる。情報コミュニケーション技術の発達した現代では、多数の集団が到達する結論の方が、一握りの専門家の判断よりも正しいことが多いとの説もある。多くの市場関係者が、何が日本経済にとって最善の途かを真剣に考え意見を戦わすこともまた、事後的にみて正しい決断に至る上ではかつてなく重要になっているのかもしれない。

 

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