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.経済  投稿日:2014/12/18

[神津多可思]【原油価格急落、日本経済押し上げ】~物価上昇にはタイムラグも~


神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)

「神津多可思の金融経済を読む」

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この半年で原油価格が急落した。どの指標をみるかで厳密には違ってくるが、年央のピークから足元までで4割程度下落している。

なぜ短期間にそこまで低下したのか。まず需要側では、世界経済の成長が当初の期待ほどは高くないということが次第に分かってきたという点がある。国際通貨基金(IMF)の見通しも下方修正を続けているが、10月時点での2014年の世界経済の成長率の予測は、2013年と同じ+3.3%であった。それが、来年初の見直しではさらに弱くなる可能性もある。加速すると思われていたのが、実はよくても横ばい、ひょっとすると減速という結果になりそうなのだ。

一方、供給側でも、米国のシェールオイル生産に典型的なように、石油輸出国機構(OPEC)以外での原油生産が増え、供給過剰気味になっているという事情がある。実際、米国の原油生産は、シェールオイルの採掘により大幅に増加し、今や全体としての産出量はサウジアラビアに並ばんとしているようだ。

この急激な原油価格の下落が世界経済にどう影響するか。まず産油国にとっては、輸出代金の減少に他ならないので明らかにマイナスだ。しかし影響度は国によってかなり違う。ベネズエラなどについては、これまでの債務支払いができなくなるのではないかという不安がすでに出ているし、ロシアでも成長率の減速が見込まれている。原油価格ほどではないにしても、エネルギー関連資源の価格が総じて低下傾向にあり、そうした資源の輸出国では全般的に経済成長が鈍化しそうだ。

一方、原油の輸入国にとっては、これほど大きく原油価格が低下すれば明らかに成長にプラスである。IMFでは、そのプラスが資源輸出国のマイナスを上回り、世界経済全体としてもメリットがあるとみているようだ。

日本経済についてはどうか。これまたいろいろな試算があるが、この規模での原油価格の値下がりは、+0.25~0.5%の成長率押し上げ効果があるとみられている。もっとも、物価に対しては逆に当然押し下げ方向に作用するので、原油価格の下落がなかった場合に比べれば、2%インフレ達成の時期は後ずれ気味にならざるを得ない。だから日銀も追加緩和を行った。

ところで、原油価格下落により浮いた購買力の一部が、他の財・サービスの消費に向かい、そこで需給ギャップが縮まり、インフレ圧力が増すという経路もある。そこで十分にマネーが供給されていれば、物価低下圧力は必ずしも生じないというのがマネタリストの主張だ。

たしかにすべての調整が瞬時に終わるのであれば、そう言えるかもしれないが、現実はそうはいかない。原油価格下落のメリットはまず企業部門に溜まる。それが企業の支出に回って(=設備投資)、あるいは賃上げを通じて家計の所得が増えそれが支出に向かって(=個人消費)、そこで初めて需給ギャップが締まる。そうした動きに時間がかかるのは、円安の景気押し上げ効果がこれまですぐには顕現化してこなかったことからも分かるところだ。

このように、半年で4割という原油価格の下落は内外経済にさまざまな影響を及ぼす。日本にとっては、投入コストの低下というかたちで企業の採算が改善し、先進国を中心に外需が上振れるというかたちで需要増も期待される。したがってこの先の成長率は、これまでより押し上げられるだろう。一方、物価面については、過渡的に下押し圧力が加わるのは不可避である。日銀の追加緩和でどこまでそれを相殺できるか。しかし、いずれにせよ経済の成長が需給ギャップを引き締めていくので、それが次第にインフレ圧力に繋がり、強力な金融緩和の下で、物価には再び上昇圧力が加わっていくことになるはずである。

 

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