[是枝久美子]【映画:はじまりのうた】~メジャーとインディーズの境界線はなくせるのか~
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是枝久美子(映画評論家)
是枝久美子「是枝久美子のレコメン堂」
はじまりのうた
~Story~
ミュージシャンの恋人に裏切られたグレタ(キーラ・ナイトレイ)。成り行き上ライブハウスで披露した歌は客には全く受けなかったが、偶然居合わせていた落ちぶれ音楽プロデューサー(マーク・ラファロ)との出会いがデビューへの話に発展する。しかし録音スタジオはなんとニューヨークの街角。路地裏で、地下鉄構内で、ビルの屋上で……ゲリラレコーディングが続けられ、アルバムが完成したその日、最高の始まりが待っていた。
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一見、ハートウォーミングなミュージシャンの成功譚。しかし、テクノロジーの進化を味方につければ、メジャーとマイナーの境界線をなくせるか、という問題を孕んだ実験的な作品。こじんまりした規模の作品で、グレタを捨てた恋人役を演じる本職のヴォーカリスト(アダム・レヴィーン)はノーギャラで協力している。全米公開時は5館での上映だったが、クチコミパワーで1300館を上回る異例の大ヒット作となった。
実際、ミュージシャンは高額なスタジオを借りなくとも録音はできるし、音楽加工ソフトを活用すれば、邪魔なノイズを削ったり、逆に印象づけたい音を立ち上げたりすることもできる上、仕上がった楽曲をCDロムに落とせば友人に配ることもできる。更にユーチューブにアップロードすれば世界中の人に自分の音楽を聴いてもらうことさえ可能な時代が到来した。
映画は音楽業界とマイナーミュージシャンについて描いているが、映像制作の現場でも、この手の問題に対しては既に多方面からアプローチがなされており、撮影機材の飛躍的な進化によって、民生のカメラで商業映画を撮影する監督も現れ、それを手本とする素人監督も映像制作に着手しやすくなった。
しかし勘違いしてはならないのは、テクノロジーの進化が人々にお金儲けや名声を得る機会を再分配をしてくれたわけではないということ。パソコン一台で、録音もミックスもできるミュージシャンも、映像編集ができてしまえる監督も、これまで他人に委ねていたプロセスを自分で引き受けることで、より思い入れの強い作品づくりが可能になっている。
本作は同時に、私的な思いをお金儲に換えることが幸せな結果をもたらすことになるのだろうか?という問題提起もしている。グレタの着地点に是非ご注目を。
公開:2015年2月7日 シネクイント、新宿ピカデリー他全国公開
配給:ポニーキャニオン
2013年/アメリカ/104分
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