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.国際  投稿日:2015/1/20

[大原ケイ]【なぜアメリカはJe suis Charlieと言えないのか】~キリスト教原理主義者に配慮せざるを得ないアメリカの苦悩~


大原ケイ(米国在住リテラリー・エージェント)

「アメリカ本音通信」

執筆記事プロフィール

 

「シャルリ・エブド」襲撃テロの後、16日にパリ市内で大規模な追悼のデモが行われ、その一方で次号が300万部用意され、大反響となった。その後ベルギーやドイツでもイスラム原理主義を掲げる地下組織が摘発されて警察と銃撃戦となり、EUもどうやら事前情報を手掛かりにプロアクティブにテロを取り締まる方向に一歩を踏み出したようだ。

ヨーロッパでの騒ぎに比べると、アメリカでは市内の警備や政府の動きもほぼ正常運転、といったところだ。追悼デモ行進で各国の首脳が腕を組んだ写真と、100万人規模のデモ行進のニュースが伝えられる中、オバマ大統領がその場にいなかったことで賛否両論があった。だが、現実的にアメリカから大統領が参加するとなると、CIAによる現場周辺の入念なチェックから始めなければならず、腕組み写真の横にSPが何人も映り込む事態にならざるを得ない。こういったロジスティックを考えただけでも、前日に「明日パリでデモやりますよ」と知らされたところで、オバマがパリ市街を練り歩くのはムリだというのがスジだろう。

事件後の最初の号で、生き残った「シャルリ・エブド」のスタッフが描いた表紙には預言者ムハンマドが涙を流しているイラストが使われたが、アメリカの大手マスコミは掲載を見送るところが多かった。イスラム教徒への配慮からではない。米上下議会を牛耳るに至った与党共和党の中でも、特に保守的なお茶会系の支持者の多くが、エバンジェリストと呼ばれるキリスト教原理主義的な宗派の信徒であり、「われわれの宗教をバカにするなど、とんでもない」と、その点においては、イスラム教のタリバンやアル・カーイダと同じ思考経路を共有しているからだ。

つまり、アメリカでは建国当初の理念として掲げたはずの政教分離、フランスでいうところの「ライシテ(la laïcité)」が徹底されておらず、今回のテロ事件で大統領を含め公職に就く者が、少しでもイスラム教そのものを批判すれば、国内の極右キリスト教一派が黙っていないので、テロは糾弾しても、その背景となっている勢力を攻撃できないという、情けない状況を自ら作り出してしまっているのである。涜神法がない国でありながら、実態はもっとお粗末な状況なのだ。

米造幣局が発行している紙幣やコインには「In God We Trust」と刻印されており、大統領や議員の就任式では、手を聖書に置いて宣誓をする。クリスマスになれば、公立校や、市役所、州議会堂といった公共の場所に平然とキリスト降誕の人形が飾られ、それを懸念する意見に、エバンジェリストたちは「われわれに『メリークリスマス』と言わせない気か」と実体のない宗教弾圧を声高に叫ぶ。

彼らはお茶会系議員を送り込み、政府封鎖や米国債格下げなど、国益に反することを厭わない国賊ぶりである。保守の強い南部の州で、女性が安心して中絶できる医療施設が次々と閉鎖に追い込まれているのも、同性婚が許されないのも、エバンジェリストたちが阻んでいるからである。

原油価格が1バレル50ドルを切れば、国内のシェールオイル開発は足踏み、国民が燃費の悪い車を買いだすことで景気が良くなるのがアメリカなので、イスラム圏の産油国とも手が切れない。既にイラクやアフガニスタンでの戦争で軍事力も消耗しているので、「Je suis Charlie」のメッセージを汲み、EU諸国と協力してテロと戦うこともできないでいるのである。

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