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.社会  投稿日:2015/2/20

【元無戸籍児、直近10年で3万人】~罪なき子供たちの未来を閉ざすな~


井戸まさえ(「民法772条による無戸籍児家族の会」代表)

執筆記事|プロフィール

よもや、法務省の調査がこれほど杜撰であるとは誰も思わないであろう。「無戸籍者数」の話である。「離婚後300日問題」として7年前にも大きな社会問題として取り上げられた無戸籍問題だが、その後の改善策にも関わらず減っていない、むしろ最近では問題の所在であろうと思われている「民法772条」にもよらない無戸籍者たちが少なからず存在している事実を受け、法務省は昨年7月から実態調査を行っている。

今年1月でその数を「533人」と発表しているが、統計の取り方の基準が不明瞭で、この数字が実態を表しているとは到底言えないのだ。そもそも自治体の実質回答率は16%という低さだ。

集計においてどの状態を指して「無戸籍者」と呼ぶのかについても曖昧だ。調査の依頼には「出生から1年以上」を目安とするよう指示をしている。なぜ「1年以上」にしているかというと、出生から「1年未満」の無戸籍児たちは毎年約2700〜3000人誕生しているという事情があるからだ。これを加えたら社会的インパクトが大きすぎると判断しているのであろう。

それを指摘すると「出生届を出すまでの2週間は、誰でも無戸籍なので、無戸籍者を正確に計ろうとすると出生者数だけの無戸籍者がいるとなってしまいます」などという、驚きの「へ理屈」が帰って来たりするのである。

しかしこの基準も厳格に守られているわけではなく、自治体に寄っては加算しているケースもあり、それをそのまま単純に積上げた極めて「粗い数字」を発表しているに過ぎない。

さて、前述の一時的に無戸籍になる年間2700人〜3000人の無戸籍者たちだが、彼等のうち6分の5は調停・裁判の結果解決に至り、おおむね1年以内には戸籍が作成される。しかし「早期の身分保障のため」と高らかに謳う民法の規定が故に、一時的にではあれ登録されない子どもたちをこれほど生んでいるという法律には不備・不足があることは明らかではないか。

また逆に言えばこの司法統計の数字が語るのは、6分の1は調停・裁判と言う最終手段を取ったとしてもそこに至らず不成立・取り下げに至るケース、つまりは無戸籍が長期化・固定化されてしまう人々が毎年約500人誕生していると言う事実である。

無戸籍問題は病院出産が自宅出産数を上回る昭和40年以降から顕著に現れてくる現象である。それまでは実質上母の嫡出否認権を認め、「誕生日をずらす」という古典的かつ簡単な方法で子が無戸籍になることを回避して来た。それこそ日本社会の持つおおらかさであり、子どもを守るための知恵だったとも言えるが、杓子定規な規定の運用となり、何ら罪のない子どもたちの未来を閉ざす結果となっているのだ。

「推定される無戸籍者数」を言う場合、この調停・裁判が閉ざされた年約500人の無戸籍者たちの数と、直近20年と言う年月を掛けた「1万人」という数字が妥当であると考えられる。

本来は昭和40年以降の年月=50年分を掛け合わせないと正確なものは出てこないと思われるが、当時の社会的背景等については必ずしも今と同じ状況とは考えられないことから「直近20年」とし、また私が「民法772条による無戸籍児家族の会」の活動として12年に渡って受けた800件あまりの電話相談のほとんどが調停・裁判に至っていないケースであり、司法統計や役所の窓口では把握されていない無戸籍者数も相当数いることが推測される。実際には「1万人プラスα」で「α」部分は予測もつかないため「少なくとも」と書き加えることとしている。

しかし、改めて考えると我が国に戸籍がない人々がそれほど存在するとは衝撃である。彼等は住む場所や働く機会も制限されながら、声をひそめるようにして生きている。戸籍がなくても「自分が無戸籍」などと人に言ったりしない。つまりその存在は可視化されていないのだ。

だからこそ、多くの国民はこの数字に実感がわかないかもしれない。しかし、この数字は裁判所に赴いた「一時的にも無戸籍となった経験のある者」がこの10年だけでも約3万人、もっと言えばこの「調停・裁判」に関わるのは、無戸籍当事者、母、前夫、事実上の父と関係者は基本的に4人いる。つまりは年間1万2000人が何らかの形で関わっているということであり、10年で12万人、20年では24万人、30年では36万人がこの問題と直面した経験があるという事実は、「1万人」の推定無戸籍者の数を十分に補完するものであろう。「無戸籍問題」はここまで深刻なのだ。


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