[安倍宏行]【現地リポート】何も変っていない被災地の現状〜東日本大震災・被災企業の復興の難しさ
Japan In-Depth編集長
安倍宏行(ジャーナリスト)
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東日本大震災直後、ボランティアで入ったのが宮城県石巻市だった。その直後、訪れたのが、佐藤造船所だった。兄弟で経営しているこの造船所は、小型の漁業用船舶の建造、修理を生業としていたのだが、津波により、船を陸地に牽引するレールが敷設してあった土手が削り取られ、海の底に沈んでしまった。その結果、船を陸に上げる事がほぼ不可能になってしまったのだ。
その後、様々な人がボランティアとして支援に名乗りを上げ、政府のグループ化補助金(注1)も降りることが決まったと聞いていた。震災から1000日。多くの人が既に復興はかなり進んでいると思っているだろう。
しかし、現実は全く違う。
佐藤造船所の周辺は、ようやく防潮堤の建設が進んでいるほかは、何も変わっていない。一つには、補助金を申請してから受理されるまで時間がかかる事。もう一つには、事業化計画を策定するのにも時間がかかる事が上げられよう。この二つの理由から、私達が考えるより、遥かに復興は時間がかかるものなのだ。これは被災地に実際に足を運び、企業経営者から話を聞かないと絶対に分からない。
震災のダメージは想像以上に大きく、企業によっては負債を抱えながらゼロからの出発となる。多くの経営者は震災前の状態に復旧させたいと願うだろうが、仮に過去の債務が棒引きされても、新規投資は必要だ。いくら政府系の補助金や県や市の補助金が出たとしても、投資は0にはならない。その債務の返済を仮に10年猶予されたとしても、実際に10年後に事業が軌道に乗ってなければ倒産の憂き目にあるのは必定だ。
佐藤造船所のケースは、投資ファンドや経営コンサルタント、司法書士、弁護士、各種メーカー、建築家、NPO・・・ありとあらゆる人々がボランティアとしてその経営再建に関わっている。その取りまとめ役ともいうべき人が、震災直後から取材させていただいている、元仙北信用組合の前理事長の渡辺洋一氏だ。彼が手がけている事業再生は実に多岐にわたっている。が底流には、被災した企業への温かいまなざしがある。何としても事業を再生させてやろう、という執念にも似た心意気には誰もが息を飲む。
同時に、経営者の甘えを許さぬ厳しさも併せ持つ。持続可能でなければ再スタートは出来ない。当たり前の事だが、得てして経営者の心ははやる。そこを絶妙にブレーキをかけつつ、どうしたら最も現実的な事業プランを描けるか、あらゆる分野の人を巻き込み調整する。無論その先頭に立つのは若林氏だ。佐藤造船所のケースも、設備メーカーとの交渉に必ず同席し、仕様の一つ一つにまで注文を付けコスト削減に取り組む。
こんな金融マンが他にいようか?いや、彼はもはや金融の人と言うよりは、事業再生のプロだといえよう。本当の意味での、事業再生コンサルタント、もしくはコーディネーターともいうべき仕事だ。東日本大震災は、期せずして若林氏のような全く新しいビジネス形態を生み出したともいえよう。
これまで長引くデフレと人口減の中で日本の中小企業は青息吐息だった。勿論、今もそういう企業は多いだろう。若林氏のように中小企業の経営の根幹にまで入り込み、事業の再編や活性化を図るビジネスへの需要は今後増える事は会っても減る事は無いだろう。
来年春、また石巻を訪れる事になろうが、その時の佐藤造船所はどうなっているのか、今から楽しみにしている。
(注1) グループ化補助金:被災企業の施設や設備の復旧費の一部を支援する。中小企業のグループが復興事業計画をつくる。県と中小企業庁に地域経済や雇用、コミュニティーに役立つと認められると、復旧費の4分の3が助成される。
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