[藤田正美]米朝「正常化」したら日本はどうする〜アメリカが北朝鮮に対し「核の放棄」から「核不拡散」に舵を切れば、日本は取り残される
Japan In-Depth副編集長(国際・外交担当)
藤田正美(ジャーナリスト)
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北朝鮮、金正恩第1書記に次ぐナンバー2とされていた張成沢国防副委員長が失脚した。この失脚が何を意味するのか、いろいろな解説があってまだはっきりしない。金正恩体制がほころびているのか、それとも体制はむしろ強化されているのか、今後、北朝鮮はより開放的になるのか、それともより閉鎖的になるのか。
気になることが一つある。張氏は中国寄りとされ、一部には中国のスパイという噂もあったとされる。10月に北朝鮮に行ったときには、中国は修正主義だ、つまり中国の改革開放は人民のためになっていないという話も聞いた。さらにそのときには「これからは経済の強化が進む。軍にカネをかけなくてもよくなったからだ」とも言われた。それは「核兵器が完成したからか」と聞いたら、「そうだ」という明確な答が返ってきた。
そうならば、米朝関係が現在の状況よりも改善すると考えるのは難しいのではないか。北朝鮮事情に詳しい日本人に尋ねた。その答は意外なものだった。
アメリカが北朝鮮にあくまでも核兵器の放棄を求めるなら、米朝正常化はありえないが、もし北朝鮮が核不拡散を約束するなら、アメリカは北朝鮮への制裁を緩和するかもしれない
というのである。
いかにアメリカが北朝鮮を攻めることなどありえないと「約束」しても、北朝鮮が核を放棄することはない。リビアのカダフィ大佐が核を放棄したのは2003年。アメリカが湾岸戦争で「大勝利」した後である。そしてアラブの春が始まった2011年、アメリカはカダフィを見捨てて反政府勢力を支援した。もしカダフィが核を放棄しなかったら、アメリカはそう簡単に反政府勢力を支援できなかっただろう。地政学的分析を得意とするアメリカのシンクタンクSTRATFORのロバート・キャプラン氏はこのように分析している。
核兵器を放棄しなくても核不拡散だけを約束してアメリカとの関係を改善した例は確かにある。インドだ。この両国と北朝鮮の大きな違いは、もともと核拡散防止条約NPTに入っていたかどうかということだ。インドやパキスタンはNPT加盟国ではなかったため、アメリカは「条約に違反したわけではない」としてインドとの核協力に踏み切った。パキスタンはもともと核拡散の元凶と見られているだけに、関係改善はなかなか難しい。
その意味では、やはり核をはじめとする軍需物資の輸出で外貨を稼いでいた北朝鮮が、核不拡散条約に戻るという条件を出せば、アメリカはそれをのむかもしれない。つまり経済制裁の緩和あるいは解除だ。もしそうなると、日本は困ったことになるだろう。何と言っても日本の場合、拉致問題の解決なくして北朝鮮との関係改善はないという状況になっているからだ。核問題を拉致問題より優先して解決するというのは、政治的には不可能に見える。安倍首相は、自分が総理の間に「拉致問題を解決する」と明言しているだけに、核問題だけで制裁を緩和することはできまい。
そうなると、日本だけが制裁を続けざるをえないという状況にもなりかねない。もちろん制裁の効果すらなくなってしまうだろう。アメリカが北朝鮮の核の放棄ではなく、核不拡散に舵を切ったとき、日本は取り残されてしまうという懸念がある。このシナリオの現実味がどれくらいあるのか、それは分からない。しかし少なくとも「頭の体操」として考えておく必要はあると思う。
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