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.政治  投稿日:2013/12/9

[清谷信一]防衛省は自衛隊の戦力を過小に見せる世論操作をしている?〜知られていない『防衛大綱』の不正確な記述


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

執筆記事プロフィールWebsiteTwitter

 

防衛計画の大綱(防衛大綱)は、決定後10年間の我が国の防衛政策の根幹を示すものだ。その別表には自衛隊の主要部隊や主要装備の定数が記されている。だがその記述が不正確であることは知られていない。

それは前大綱(平成16年度に閣議決定された16大綱)とその後の現大綱(平成22年度に閣議決定された22大綱)の別表における戦車と火砲の定数に関してだ。筆者は22大綱が発表された直後にこの件を指摘したが、恐らく多くのメディアや識者などもその違いに気がついていないだろう。16大綱では戦車、火砲ともに定数は600輛/門となっていたが、22大綱ではこれが共に400輛/門に削減された。

問題は16大綱の火砲の定数には地対艦誘導弾(対艦ミサイル)約60ユニットがこの火砲の中に含まれていたが、22大綱の火砲の定数にはこれら地対艦誘導弾は含まれていない。このことを知らなければ、火砲の削減は600輛/門から400輛/門になるので、約200輛/門の削減と理解するだろう。だが実際には地対艦誘導弾が外されるので、実質的には火砲の削減は140輛/門にすぎない。つまり削減数が3割強も「水増し」されているのだ。

この火砲の定数の件は翌年度の防衛白書では注釈が付けられるようになった。恐らく、筆者以外にもこの点を指摘する者がいたのではないだろうか。だから大綱別表だけを見ていると事実を見誤る。同様に戦車の定数にも問題がある。防衛省が公開している平成20年度・予算概要の19ページでは当時開発中の機動戦闘車について「装備化する場合、戦車と合わせて、戦車数量(現在の「防衛大綱」では約600)両」を超えないことを想定した開発)と注釈が述べられている。

これを素直に信じるのであれば、機動戦闘車が装備化された場合は、戦車の定数600輛に含まれると思うだろう。機動戦闘車の調達数は今に至るまで発表されていないが、陸幕内では約250輛としている)これまた火砲と同じである。機動戦闘車が戦車の定数に含まれ、予定通り調達されるのであれば22大綱では戦車は150輛まで減らす必要があった。だが16大綱にも22大綱にも機動戦闘車は戦車の定数に含まれていなかった。

16大綱は閣議決定されたもので、これを変更することは手続き上難しいという釈明は可能だろう。22大綱策定にあたって、予算関連の書類で公言していたにもかかわらず、そのような注釈は22大綱のどこにも記されていない。これは防衛省内局の報道官によると、機動戦闘車は105ミリ戦車砲を搭載しているものの、戦車と異なる存在、運用を考えているので戦車ではないから、だという。だがそうならば何故、公開資料に戦車の定数に含めると書いたのだろうか。また事情が変わって来たのであれば、その旨を22大綱に記すべきだった。

そもそも平成20年よりはるか前の、機動戦闘車の開発決定時から陸幕は、機動戦闘車は戦車ではないと主張していたはずだ。HPで公開された情報がコロコロ変わるようでは防衛省の公開情報に対して大きな疑惑を持たれるのではないか。このような事実を知らずに戦車や火砲の数の多寡を論ずるのであれば問題だ。土台となる知識が誤っているのだからまともな議論にはならない。恐らく多くの国会議員ですらこのことはご存じないだろう。

穿った見方をすれば、防衛省は政治、世論に対して自衛隊の戦力を過小に見せたい、そのための世論操作を行ったと疑われても仕方ないだろう。またこのようなことは外国の情報機関はすぐに「見破る」だろう。「兵力」を敢えて少なく公表するのであれば、諸外国からいらぬ誤解を受けたり、猜疑の目で見られるだろう。それは外交上も得策ではない。

何を大げさにと思われる読者もいるかも知れないが、閣議決定された政府の公式文書にこのような不正確な記述がある事は大変な問題だ。日本政府の各種発表に対する信用性に関わる由々しき問題だ。閣議決定された書類がいい加減な国の他の公式文書や、条約、政府間の覚書までもが疑いの目で見られる可能性が出てくる。

安倍政権は現在新しい防衛大綱を策定中であるが、新防衛大綱ではこのような「誤解」や「ミスリード」が生じるようなことがないようにすべきだ。

 

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