[林信吾]【英、医療の進歩が財政のネックに】~高度福祉国家の真実 4~
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
英国は医療費が無料である。対してわが国は、特に高齢者の場合、家族の誰かが重篤な病気になったなら、即座に生活が破綻の危機に直面する可能性が大である。しかしながら英国の医療も、厳密に言えば無料とは言い切れず、本当は、高額の税金によって支えられる「高福祉・高負担」のシステムなのである、と前回述べた。別の問題も、見ておかなければならない。戦後歴代の英国政府は、医療費の負担を少しでも減らそうと腐心してきた。そうせざるを得なかった、と言うべきか。
1947年に、当時の労働党政権によってNHS(ナショナル・ヘルス・サービス)が誕生し、言わば公営の医療がスタートしたわけだが、当時の医療水準は現在と比べものにならず、負担もまた、人件費と薬代以外、大したものではなかったのである。
もう少し具体的に述べると、一台が数千万円もするMRIなどの高度な医療機器は普及しておらず、医師の技量も、今ほど専門分野に特化されていなかったため、治療のコストも格段に低かった。ところが、医療技術の進歩とともに、コストも増大し、語弊を恐れずに言うならば、「カネのかかる患者ほど、なかなか死なない」という事態が現出したのである。さらには、重篤な病気でもなんでもないのに、病院にかかる人も増えてきた。日本のように、病院のロビーが地域の高齢者のサロンと化す、というほどにはひどくなかったようだが。
このためNHSは、地域ごとにGPを配し、地域住民を登録制にして、GPの紹介なくしては病院にかかれないシステムとなった。GPはジェネラル・プラクティッショナー、すなわち一般開業医の意味だが、最近わが国では「かかりつけ医」と訳されて、同様の制度が一部導入されている。体調不良になった場合、まずは自分が登録しているGPの門を叩き、紹介状をもらってからでなければ、病院には行けない。下痢が続いても胃腸の専門医にかかれず、耳鳴りがしても、耳鼻科に直接行くことができないのだ。
特に、GPが「大したことはない」と診断したような場合は、2週間後にもう一度来て下さい、などと言われて帰されることが、ままある。2週間後に、まだ症状が改善されないような場合、病院に紹介状を書いてもらえるが、そのアポイントメントが3~4週間先であったりと、恐ろしく気の長い治療となってしまう。
それでも病気が治ればよいのだが、治療の順番待ちをしている間に容態が急変するようなことだって、ないとは言えないわけで、そうなったら「タダほど高いものはない」では済まされない話だ。もちろん、救急車を呼ぶという手はあるが。
ただし、お金がある人は、話が別である。実は英国の医療は、NHSと、NHSに加盟していない個人経営の病院や開業医との二本立てになっている。後者はプライベートと呼ばれるが、プライベートの医療であれば、入院までに何ヶ月も待たされるようなことはない。その分、料金は高額だ。
最近では、いざという時プライベートの医療を受けるための保険もあれば、南ヨーロッパやカリブ海の病院で、より快適な入院生活を送るためのツアーまで売り出されている。「命の格差」の問題は、英国にもあるのだ。
つまり、英国を見習うべきだ、というほど単純な話にはならないのだが、日本では、少子高齢化社会の福祉を担保するためだと称して、消費税が導入されたのだが、以来20年間で、医療や社会保障は改善されるどころか、むしろ後退している。
英国ほど「高福祉・高負担」を徹底させることもできず、なおかつ年金や国保の原資がやせ細るのを放置し、道路や箱ものばかりに税金を注ぎ込み、財政を破綻に追いやった。戦後日本の政治家・官僚の責任は、まことに重いと言わねばならない。
(この記事は、
【最後は国が本当になんとかしてくれる、のか?】~福祉先進国の真実 1~
【英、無償の医療は当然の権利】~福祉先進国の真実 2~
【実は高福祉・高負担な英国】~高度福祉国家の真実 3~
の続きです。あわせてお読みください)