[清谷信一]【挨拶すら出来ない自衛官に物申す】~コミュニケーション能力に難あり~
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
我々は幼少時から家庭では勿論、小学生、それ以前の幼稚園や保育園でも挨拶することを学習する。社会人が仕事上であれば、氏名と所属やポジションを名乗り、名刺を交換して挨拶する。挨拶は人間関係の基本である。この基本ができないオトナの組織がある。自衛隊である。当然ながら軍隊同様の組織である自衛隊は組織内では挨拶は厳しい。敬礼を伴った挨拶を怠ることはない。上官に敬礼もしなければ出世や査定にも当然響く。だが、相手が部外者となると違うらしい。
無論全ての自衛官がそうではないが、仕事上で民間人に会っても、氏名も所属も名乗らない、名刺もださない人たちが少なくない。特に陸自にそのような人物が多いように思える。
本年筆者は陸上自衛隊の衛生部の取材の機会があった。この時同席した衛生部の菊池勇一衛生計画Gp長、井内裕雅薬務班長、川井雅文研究管理係長、渡辺孝雄3佐(薬務担当)は、いずれもこちらが名刺を出しても、名刺も出さず、いずれも官姓名すら名乗らなかった(彼らの官姓名は事後に確認した)。後日記事のゲラを確認のために陸自の広報室に出すと、取材に際しては菊池勇一衛生計画Gp長以外の官姓名は出さないで欲しいとの要望があったが、あまりに身勝手なので敢えて全員の官姓名を公表した。
通常公務員は職務上、相手から誰何されれば官姓名を名乗る義務がある。だが、任務上身分を隠す必要がある情報本部や特殊作戦軍所属の人間ならば、筆者も官姓名は尋ねない。彼らはそのような立場にはない「普通の公務員」である。しかもオフレコの会見でもなく、広報が立ち会うオンレコの取材であった。身分を隠す必要があるはずもない。単に自分の発言が活字になり、後で責任を問われるのが嫌なのだろうがあまりに小役人的であり、公務員としての自覚に欠けている。
公務員が広報を通した取材で匿名を通そうするのは、発言に責任を持ちませんということである。嘘をつくのでは、と取材側に疑われるは当然であり、組織としてそれはメリットにはならない。
そもそも社会人が仕事で組織外の人間に会うのに自己紹介もしないというのはマナー以前の問題だ。しかもそれがシニア・オフィサー(高級将校)であれば尚更だ。かつて石破茂氏は自衛隊を「自閉隊」と揶揄したことがあったが、組織外の人間とまともなコミュニケーションが取れないのは正に自閉的だ。
また筆者は9月にロンドンで開催された軍事見本市、DSEIの取材でも同様の体験をした。デリゲーション(代表団)として陸自からは3名の幹部が訪れ、在英大使館付きの3等陸佐が1名同行していた。残念だったのは彼らに同行していた在英大使館付きの3等陸佐の態度だった。
デリゲーションは英軍の将校がアテンドしており、離れたところ件の3佐がいたので、筆者は彼に名刺を渡して、名前を名乗り、取材で着ている旨を告げて挨拶したが、彼は名刺も出さず、官姓名も名乗らなかった(帰国後照会して森竹辰哉3佐と判明した)。恐らく彼は警備官である。防衛駐在官ならば1佐か2佐だ。
筆者は挨拶した後、デリゲーションに密着して話している内容を聞くのも無粋だと思ったので、邪魔にならないように離れた位置からデリゲーションの写真を撮っていた。森竹3等陸佐もそれを黙ってみていたので特に問題も無いだろうと考えていた。
筆者が写真を撮影したのは、かつて自衛隊の視察は1,2日だけサラッと来て、視察らしい視察をしないで帰っていくことが多かったが、今回は最終日の最後まで熱心に会場を視察していたので、こういうところは報道すべきだと思ったからだ。ところが英陸軍のアテンドの将校から、「あまり写真を撮るのはやめてくれ」と言われた。少々しつこくしすぎたかな、とは思ったが、了解したと告げた。
だがそれまで黙っていた森竹3等陸佐まで急に「写真を勝手に撮るな、社会的常識上問題だ、とかお互いの信頼関係が云々」と言い出した。デリゲーションの撮影に差し障りがあるならば、何故英側のアテンドが言うまで黙っていたのだろうか。筆者にしてみれば、こちらは取材だと挨拶し撮影していたのに、名刺もださず、自分が何者かも名乗りもしない人物の方が社会性とか常識に問題があると思うが。「信頼関係」を築きたいならば、何故名刺まで受け取っておいて、まともな挨拶すらしなかったのだろうか。彼は自分の仕事が何かも理解しておらず、自主的に判断ができず、付いて回っていただけではないか。
外国の見本市を訪れ、ナマの装備に触れて、担当者から直接説明を聞くことができる機会は、近年多少は増えたものの、自衛官には殆どない。例えば防衛省の技術開発の総本山である技術研究本部ですら08年の海外視察費は僅かに92万円、筆者の年間海外取材費よりも少なかった(この件は散々筆者が報道したせいもあって、現在は数千万円程度に増えているようだ。技本の人間に会うとよく礼を言われる)。このような見本市はせっかく見聞を広める機会であり、デリゲーションとともに説明を聞けば良かったのではないか。
ところが森竹3佐は「自分は警備の担当であり、関係ない」とでも思っていたのだろう。遠くから腕組みをして見ていただけだ。だがそうであればなんで英軍のアテンドが注意するまで「迷惑な取材」を制止しなかったのだろうか。彼はどちらの仕事もしていないことになる。率直に申し上げれば会場で警備官の仕事はない。であれば、デリゲーションに付いて回るだけでは単に時間の無駄である。
当然ながら英国側は自国の売り込みたいものばかりを案内する。主催国としては当然だが、国際見本市であるから英国以外も有用な展示は多い。デリゲーションと別行動で、英国側がアテンドしないような、ブースを回って視察をするなりした方が良かったのではないか。将校たるものそのくらいの機転が利かないものか。将校としても資質を疑われても仕方あるまい。
そもそも日本人とすらまともにコミュニケーションが取れない人間が、外国で外国人とまともにコミュニケーションが取れるか大変疑問である。しかも森竹3佐は陸自の制服を着用しているとはいえ、外務省に出向し、身分は「外交官」である。外交官がこのようでは防衛省の評判だけではなく、外務省、在英大使館の評判も落とすことになる。
確かに筆者のような防衛省や自衛隊の問題点を報道する「ブン屋」と関わりたくないのは本音だろう。また下手に関わると出世に差し障りがあるから、関わりたくはないと思うのは人情だろう。だからといって無視するのは、職務怠慢であり、社会人として常識に欠ける。嘘でもいいから「在英大使館の○○3佐と申します。スミマセン、名刺は切らしておりまして、何かあれば大使館の広報にでも連絡ください」とでも言えばよろしい。こちらもオトナだから深くは追求しない。その程度の機転も利かないのでは将校たる資質を疑われるし、部隊を率いて部下を統率することも難しいのではないか。
無論全ての自衛官がそうではないだろうが、コミュニケーション能力が低い将校が多いのも事実であり、将官にもそのような人物が多数存在する。こうした文化があるから、自衛隊の外の世界を理解しようとしない。自分たちの「常識」で全ての物事を理解しようする。
一般に自衛官は再就職でツブシが利かない、と言われるが。組織外の人間とのコミュニケーション能力の低さがその所以の一つではないだろうか。自衛隊でも仕事上で外部の人間と接触する機会は多々ある。挨拶も満足にできないようでは仕事もできなのではないかと疑われても仕方あるまい。
実際に仕事ができてコミュニケーションが高い人物ほど、早期に自衛隊を退職する傾向があるように思える。また民間人とコミュニケーションが取れないのは有事に置いても大問題だ。せめてきちんと挨拶ができるくらいに教育して欲しいものだ。