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スポーツ  投稿日:2015/12/29

就活セミナー、仕掛け人は元選手~プロ野球選手のセカンドキャリア その2



 

神津伸子(ジャーナリスト・元産経新聞記者)

執筆記事プロフィールFacebook

緊張のセミナー

静岡県・草薙球場でのトライアウトから1週間後の11月16日、東京・新宿のオフィス街のとある会議室。球場とは別の意味で、かなりの熱気を帯びていた。元プロ野球、プロサッカー、フットサル選手が17人、”その後”の人生と真剣に向き合うために、足を運んでいた。トライアウトにも姿を見せていた元・西武の林﨑遼もこの日は参加。同球団の梅田尚通、育成選手だった前川恭兵などの姿も見られた。

50㎡ほどの室内に、大きなテーブルが4台。各テーブルに4人ずつの若者がついていた。部屋の後方には、彼らを採用したいと考えている企業の人事担当者がズラリ、20人ほど並ぶ。百戦錬磨の若武者たちも、さすがに緊張の色は隠せない。慣れないスーツ姿が、一層、その様を浮き上がらせていたが、前に進もうという気持ちはひしひしと伝わってきた。

セミナーは、転職成功者として、元ロッテの生山裕人が壇上に立ち、自らの体験談を熱く語った。笑いも交えながら、場を和ませた。その後、採用を希望する企業担当者のプレゼンテーション、企業と若者たちの座談会(各企業が、ローテーションで、テーブルを回る)、交流会の順でセミナーは進んだ。

企業の説明が始まると、ある企業担当者の、いきなりの「こんにちは!」という、会場内に響き渡る大声の体育会的な挨拶に驚いた面持ち。続く女性の人事担当者が柔らかい雰囲気で話をするのが新鮮な様子だったり、耳慣れない各企業の業界用語に戸惑ったりしながら、懸命に耳を傾ける様が初々しかった。

集まった企業は不動産関連、IT関連、リサイクル関連、ブランド品関連など、実に多彩な顔ぶれ。企業は、社会人生活がない元選手たちに、丁寧に根気強く、時に熱く、事業内容、個々の仕事の説明をした。その後の座談会では、活発に若者たちから質問が飛び、活気溢れる内容となった。企業側は「アスリートは根性があり、目標に向かって邁進する力がある」と、採用に意欲的な姿勢を示す。一方で、座談会、交流会中にもしっかりと優秀な人材を発掘しようと、目を光らせることも忘れない。

体験談を語った生山も「元プロ選手というだけで、営業でもお客さんにアプローチし易い。大変、興味を持ってもらうことが出来る。その圧倒的に優位な立場を、最大限に活かすべきだ」と、檄を飛ばす。

自らの体験を活かし事業化

このセミナーの仕掛け人は川口寛人。日本リアライズ(株)アスリート・セカンドキャリア・サポート事業部に勤務する。同社は不動産業で、ボクシングの大橋ジムのスポンサーでもある。

川口は自らの体験から、プロスポーツ選手のセカンドキャリアサポートの重要性を感じている。自身の引退後に、実際に体験した就活への不安を少しでも解消したいと、4年前にセカンドキャリアサポートをスタート。数々の元アスリートをサポートしてきた。来年で5年目を迎える。
2010年のドラフト会議で巨人から育成選手として指名を受けた。体格的には167cmと小柄で決して恵まれてはいなかったが、守備の人、器用な選手として活躍が期待された。しかし、怪我に泣き、わずか1年で選手生活は終わった。

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決して忘れることが出来ない2011年10月9日。いつもと変わらない試合前の昼食中、チームマネジャーに肩を叩かれた。そのまま、クラブハウスの応接室へ。双子の弟、隼人(楽天イーグルス・当時)と比べられ、

「弟はよく頑張っているな。お前も同じ位、頑張って欲しかった」と、ばっさり。決して、あの悔しさは忘れることが出来ない。
「こんなに、簡単に終わってしまうものなのだ」
巨人はその年、選手25人の大規模な整理を行った。正直、この後、何をしたらいいのか全く分からなかった。川口は、その日の内に、以前からお世話になっていた外食チェーン企業の役員の元に走った。

「実はクビになりました」
「それなら、ウチでやれ」と、その人は、すぐ声をかけてくれた。

その後、外食店のフランチャイズの営業を担当。1年間営業技術を徹底的に学んだ。そこで自ら温めていたキャリアサポート事業の提案をし、採用された。”行動の人”だ。担当者は自分一人だった。
試行錯誤

1からサポートシステムを作り上げなければならなかった。
「選手を引退したばかりの彼らは、何も知らないので、企業の情報を積極的に提供したり、社会人としてのイロハを学ぶ研修を開いたりしています。企業にはアスリートを、採用するメリットを説明して、前向きに採用していただいています」と、川口は話す。

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今まで、元選手たちも川口の元、保険会社、不動産会社、スポーツ販売企業、スポーツジム運営企業などに内定を貰うなど、実績を上げて来た。

が、課題もある。せっかくマッチングして、内定を取って働き出しても、早く辞めてしまう、という問題にも直面した。少しでも防ぐために、通信大学と提携して、社会人マナーやPCスキルなどを身に付ける講座で、一社会人としての人間育成にも力を入れ始めた。
試行錯誤は、まだまだ続く。

主な事業内容は以下の通り。
1、元プロ選手を採用したい企業へのアプローチ、開拓
2、セミナー開催・運営

3、野球教室運営

4、体育会系学生の就職支援

5、ライフプランニング提案

その先へ

「正直、世の中にどんな会社があるかもわからないというのが現状なので、セミナーに参加しました」
ある元プロ野球は、口にする。野球だけに打ち込んで来た人生だ。そのひたむきさ、集中力も今回就活セミナーに参加した4社は求めてもいる。現在、企業側は参加者との面接を進め、採用に前向きな姿勢を示している。

昨年の日本プロ野球機構の二軍を中心とする若手選手への調査でも、7割の選手が現役引退後の人生に不安を抱いている。最もやってみたいのは、高校野球の指導者で、一般企業での会社員を希望する人間は、そのわずか3分の1ほどだ。

就活セミナーに集まった全員が、必ず”次”の人生に向けて、踏み出さなければならない。4社の中には、Jリーガーが引退後、起業して成功を収めている企業もあり、大いに参考になった様子も見られた。

また、講演を行った生山は、力を発揮したブライダル産業を卒業して、さらなる目標を掲げて前進することも、この場で披露してみせた。これから社会に足を踏み入れる後輩たちに、大きな刺激を与えていた。

元アスリートたちの不安も夢も、尽きることはない。

(敬称略)

(この記事は、【戦力外通告、雨の草薙球場】~プロ野球選手のセカンドキャリア その1~ の続きです。その3に続く)

写真©神津伸子
1、就活セミナーに集まった元プロ野球選手らと企業の人事担当者。室内は熱気で包まれた。
2、ユニフォームをスーツに着替えた川口寛人©神津伸子
3、巨人の育成選手時代の川口寛人©川口寛人

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