ひじき「鉄分の王様」の座、返上へ
一色ふみ(食育インストラクター/ジュニア・アスリートフードマイスター)
「一色ふみのスポーツ×フード」
昨年12月25日、文部科学省が『食品標準成分表』の改訂版を公表しました。(※注1)内容の大幅な改定が実行されたのは実に15年ぶりで、今回の改訂で業界を驚かせた新事実が判明しました。‶鉄分の王様″とも呼ばれていた「ひじき」には鉄分が少ししか含まれていないことがわかったのです。
前回ひじきの成分を測定したのは、今回の改定(2015年)から33年前の1982年。ところが今回の測定結果で、前回干しひじき100gあたり55mgとされていた鉄分量がなんとたったの6.2mg(※注2)、つまり9分の1しか含まれていなかったことがわかったのでした。原因はなんと調理器具の違いでした。
33年前に測定をした当時、干しひじきを作る過程で使用していた調理器具は鉄釜でした。その鉄釜から溶け出した鉄分がひじきに付着し、‶食材に含まれる鉄分″として測定されていたというわけです。今の干しひじきは、現代では主流となっているステンレス製の釜で作られています。ステンレスから鉄分は流出しません。そういうわけで前回と今回の結果に違いが出てしまったのです。
これまで貧血気味の人や妊婦さんに対してひじきは鉄分補給食材の代表格でした。病院でも学校給食でも、鉄分の摂取を意識してひじきを使った献立がたくさん考えられてきました。ここまで「鉄分の王様=ひじき」というのは広く浸透していたため、今回の大改訂によって判明した事実は世間に大きな衝撃を与えたのです。
ひじきの他にもう一つ大きな変更があったのが「切り干し大根」です。こちらも鉄分量が3分の1に減少しました。(※注3)やはり調理器具の違いで、作る過程で使われていた刃物が昔は鉄製だったのがステンレス製に変わったことが原因だそうです。切るときに微量に食材に付着した鉄分が、その食材の成分として測定されていたというわけです。
しかしこのことは、鉄製の調理器具で調理すると鉄分摂取に繋がるということを裏付ける事実でもあります。さらに鉄の調理器具から溶け出す鉄の大部分は『ヘム鉄』といって、植物性の食材(例えば小松菜など)に含まれる鉄分(非ヘム鉄)よりも人間の体に吸収されやすい鉄分なのです。
鉄製が主流だった時代は、鉄びんでお湯を沸かしてお茶を飲み、煮物炒め物も鉄製鍋。当時の日本人は知らぬ間に毎日少しずつ鉄分を摂れていたということになります。錆びなくて使いやすいステンレス製が主流になってくると、手入れや扱いの面倒な鉄製から離れる人が増えてきました。そして現代。もしかしたら気付かないうちに日本人の鉄分摂取量は徐々に減少していたのかもしれません。
鉄分の役目は、全身に酸素を運搬して細胞の働きを活性化させます。スポーツをしている人は特に必要不可欠で、また女性や妊婦さんも血液を多く必要とするので鉄分は重要な成分です。この鉄分は吸収率も低く食材からしっかり摂ることがなかなか難しい成分なだけに、和食の名脇役でもあるひじきと切り干し大根が鉄分摂取の選択肢から遠のく可能性があることは残念です。
しかしながら、ひじきや切り干し大根の肩を持つわけではありませんが、ひじきには食物繊維やミネラルが、切り干し大根にはカルシウムやビタミンがたっぷり含まれており、鉄分が少なかった事実はさておき栄養価の高い立派な食材です。
成分を意識しすぎてそればかりを食べるような偏った食生活を送っている人が近年増えてきていますが、色々な種類の食材を楽しみながらバランスよく食べていれば栄養成分は不足することなくまんべんなく摂取できます。
今回の栄養成分表の大改訂で、ひじきは〝鉄分の王様″という称号を失ってしまいましたが、この理由となった鉄製調理器具の特性を活かして、鉄分を毎日少しずつ取り入れるために調理器具を鉄製に変えてみるのもいいかもしれませんね。
余談ですが、鉄製調理器具での調理は、長時間煮込むシチューや煮物のような煮込み料理のほうが炒め物をするより鉄分が多く溶け出し、より摂取できます。ご参考まで。
注1)文部科学省「日本食品標準成分表の改訂について」
注2)文部科学省 食品標準成分表(2015年改訂版) 藻類PDFデータ(ひじき掲載)
注3)文部科学省 食品標準成分表(2015年改訂版) 野菜類PDFデータ(切り干し大根掲載)
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この記事を書いた人
一色ふみ食育インストラクター・アスリートフードマイスター
皮革メーカーの職人としてデザイン製作の仕事を経て、2009年に青年海外協力隊に参加。エチオピアで皮革の指導をし、二年間の活動後に帰国。帰国後は皮革業界から離れ、食育インストラクターとジュニア・アスリートフードマイスターの資格を取得。 現在はトレイルランナーの夫をサポートしつつ、アスリートフードマイスター資格取得講座のアテンドスタッフをしている。