オスプレイを政治利用する新聞の不見識 その1
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
先に発生した熊本の震災において、米政府が海兵隊の輸送機、オスプレイを派遣したことについて多くの新聞が賛否両論を展開した。
朝日新聞、東京新聞、毎日新聞などといった批判派は、ヘリの派遣は自衛隊のもので十分である。「危険な」オスプレイをあえて投入するのは、在日米軍や自衛隊のオスプレイ使用を国民にアピールするための政治利用であるというものだ。対して産経新聞に代表される擁護派は、オスプレイがいかに優れた機体であるかを訴えている。
結論から申せば、両者ともオスプレイという機体とその運用について基礎的な知識もないまま自社の政府批判、政府支持ありきの持論を展開している。
いわば四則計算もできない子供が微分積分を論じているようなところがある。また災害派遣という大きなフレームで論じるべき事案をオスプレイという木を見て森を見ない、偏狭な議論に陥っている。
まず批判派の記事を紹介しよう。
自衛隊にも約60人乗りの大型輸送ヘリCH47が約70機ある。約30人乗りの米軍オスプレイがさらに必要なのか。疑問の声が上がる。
防衛省関係者は「米軍オスプレイの支援は必ずしも必要ではないが、政治的な効果が期待できるからだ」と説明する。
米軍普天間飛行場のオスプレイには、騒音被害や事故への懸念が絶えない。自衛隊が陸自オスプレイ17機を佐賀空港(佐賀市)に配備する計画も、地元の反対で進んでいない。
米軍オスプレイ、初の災害対応 実績づくりに疑問の声も 朝日新聞 2016年4月18日
http://www.asahi.com/articles/ASJ4L5Q4YJ4LUTFK00G.html
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の新型輸送機MV22オスプレイが18日、熊本県南阿蘇村に救援物資を搬送したことに、熊本県内の被災者からは支援を喜ぶ一方、安全性を危ぶむ声も上がった。
被災者には日米同盟のパフォーマンスと見る向きもある。この日、夫婦で同村の避難所を訪れた同村の男性(81)は「いちいちオスプレイで運んだと明らかにすることに政治的な意図を感じる。今まで通り自衛隊のヘリで良いのではないか」といぶかしがった。
オスプレイ物資輸送に賛否、熊本 県内被災者の声 東京新聞2016年4月18日
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016041801001890.html?ref=rank
在日米軍の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイによる食料品などの輸送支援の受け入れが適切だったのか、との疑問も残る。
中谷元・防衛相は「山間部などへの物資輸送、人員搬送に非常に適している」と説明するが、実戦配備後も事故が相次ぎ、安全性に不安が残る軍用機だ。
地震と減災 政府の対応は適切か 東京新聞社説 2016年4月19日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016041902000138.html
輸送機として使用できる回転翼機は、陸上自衛隊だけでも222機ある。防衛省によると、17日深夜の時点で自衛隊が派遣した固定翼・回転翼機は118機だった。まだ余力があると見ていい。
さらに疑問なのは安倍晋三首相が17日朝の時点で「直ちに米軍の支援が必要という状況ではない」としながら、その3時間後にオスプレイ支援を受け入れたことだ。自衛隊の輸送能力は限界に達しておらず、3時間で事態が急変したとは考えにくい。軍事評論家の田岡俊次氏が言うように「『手伝いたい』というのを『来るな』と断るわけにはいかない」のかもしれないが、それを政治的に利用する意図があれば話にならない。
15年のネパール地震で災害支援に派遣されたオスプレイは、住宅の屋根を吹き飛ばし、現地紙に「役立たず」と酷評された。熊本県内でも支援に感謝しつつオスプレイの安全性に不安を感じる人がいる。
オスプレイ派遣 災害の政治利用はやめよ 琉球新報 社説 2016年4月20日
http://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-262963.html
まず大規模災害において、米軍の派遣を拒む理由はない。外交的にも国内的にも日米同盟の絆の強さをアピールできる。特に周辺諸国に対してのアピールになる。この程度の災害であれば自衛隊機だけでも不便はないだろうが、米軍が救援に参加することの政治的、外交的な意味は小さくない。
またこのような「実戦」を通じて米軍と自衛隊の連携作戦を経験することは今後さらなる大災害、例えば東日本大震災のような災害が発生したときに備えての日米協力制の経験とノウハウの維持は有用だ。米軍が参加することに意義がある。
その在日米軍が保有している垂直離着陸機で最も多いのがオスプレイでありこれを投入するのは極めて自然である。また在日米軍は固定翼のC-130輸送機など他の機体も使用されている。これがオスプレイだけが投入され、他の機体、例えばC-130のような固定翼機の方が有利な場合でもオスプレイだけを使っているのであれば、オスプレイの恣意的なアピールだといえるだろうが、そのような事実はない。米軍が災害派遣にオスプレイを投入したことに不自然さはない。
またオスプレイは欠陥機という主張があるがこれには根拠が薄弱だ。墜落事故が多発したのは開発時と導入初期であり、その後は特に運用を停止するほどに事故発生率が高いということもない。
オスプレイは垂直離着陸を行う際に発生するダウンウォッシュ(吹き降ろしの風)が強く、2015年4月のネパール地震に派遣された機体は小屋を吹き飛ばしたことは事実だ。だがそれはオスプレイ特有の問題ではなく、自衛隊も保有するCH-47チヌークなど大型のヘリコプターでも同じことだ。
オスプレイの問題点としてはヘリほど垂直離着陸時の機動性がない。このため強い横風などで事故が起こる可能性はヘリよりも高い。また下向けにした時のエンジン排気口からの排気熱が極めて高く、アスファルト舗装した場所での離着陸には問題があるかも知れないが、これらは運用でカバーできる。それができていないのであれば調査報道を行ってあきらかにすべきだ。思い込みや情念だけで批判するのはジャーナリズムではない。
そしてこれらの新聞も米軍の派遣までを否定していない。だがオスプレイが問題だというのであれば、米軍に災害派遣に際してオスプレイを除けと要求しなければならない。それは軍事的にも政治的にも外交的にも全く意味がないことになる。軍事的な整合性を排してまでも、オスプレイを排除せよというのであれば、それがリーズナブルであるという、読者が納得できる説明をすべきだが、それができている媒体はない。
ただ日本政府にこれを奇貨として在日米軍のオスプレイ配備の有用性をアピールし、また佐賀への陸自のオスプレイの配備への地ならし、と陸自のオスプレイが高額であるとの批判をかわそうという意図はあっただろう。だがそれを批判するためにオスプレイの投入を批判することは、先述のように米軍の災害派遣自体を拒絶しろという主張になりかねない。
また後述するが中谷防衛大臣の記者会見の発言をみても、オスプレイではなくヘリで可能な任務を、オスプレイが必要不可欠かのように主張している。防衛省側の説明も納税者を納得させるものではなかったし、はじめにオスプレイの派遣ありではないかと疑われることも当然だ。
(オスプレイを政治利用する新聞の不見識 その2、オスプレイを政治利用する新聞の不見識 その3に続く。全3回)
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
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