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.政治  投稿日:2016/4/24

過去の震災から何も学んでいない日本


        久峨喜美子(英国オックスフォード大学 政治国際関係学科博士課程在籍)

 今回の熊本地震を実際に経験していない上、イギリスから十分な物資を送る事もできず、一体自分に何が言えるのだろうかと数日悩んだあげく、やはり書いて声を上げることしかないという事に気づき今に至る。

 故郷熊本の震災から早一週間。数分置きにSMSで飛び交う熊本城の写真や崩壊した懐かしい街角の映像に愕然とし、オックスフォードの片隅のパブで動けなくなったのは15日の夜ことだった。前日の地震とは異なり、電話しても家族や友人に繋がらない恐怖に、ただただ震えた。

週末にかけて家族や友人の情報が徐々に明らかになってきたものの、交通手段が絶たれ街が孤立し、水、食料を含めた日用品が不足していくという状況に、今度は遠くから何もできない無力感に苦しむ。東京や関西方面にいる私の友人も、口々に何かを送りたいがその手段がないと、申し訳なさそうに言う。

 一つ明確にしておくが、震災時の私の感情や状況をお知らせしたいがために今回寄稿させていただいたわけではない。一週間、異国から手をこまねいて結論づいたのは、やはり日本は2011年、いやもしかすると1995年の阪神大震災から何一つ学んでないのではないかという悲しい事実だ。

2011年の福島の教訓をもとに、SMSでは川内原発の稼働を停止するべきだとの声が早くからあがっているものの、政府は稼働を停止する科学的根拠がないと一蹴した。物資の配送にしても個々人による震災エリアへの配送サービスが数日間完全に絶たれる一方で、支援物資輸送にわざわざオスプレイが投入された。自治体は未だにこうした支援物資の分配を自分たちだけで行おうと躍起になるが、物資を一極集中したところでそれを配る人手が足りなければ何の意味もない。

被災した何人かの友人は、近所の小学校に避難してもそこが緊急避難所として自治体に登録されていなければ物資が入ってこないと、行政の奇妙な対応に憤りを露にしている。

 報道の在り方も、救出劇や避難所の感動秘話に紙面の大半を割き、「今」を生き延びなければならない被災者等に本当に役立つ情報を提供しているのか疑問だ。

こうした被災者に群がる報道の在り方は福島の時にも指摘されたが、これまで想像もできないようなカオス状態にあるとき、そこで生き延びなければならない人間が本当に欲するのは、少なくとも涙をそそる感動秘話だけではないはずだ。

どこに行けば十分な物資がもらえるのか、今何が本当に足りないのか、どのルートがまだ開通しているのか、そして一時避難する場所もなく避難所で生活し続けなければならない場合、どうすればある程度清潔で人間らしい生活状態を保てるのか。愛する家族のため、困っている友人・隣人のため、そしてなによりも自分のために、何ができるのか。これこそ被災地での生活を余儀なくされている方々、そしてそこにいられない人々が思いを馳せることなのではないか。

 SNS上では、地元に残る友人らが頻繁に「生き抜くため」の情報をながしている。炊き出しの場所や、粉ミルク、大人用オムツ、避難所では「贅沢品」とののしられる生理用品等の入手ルート。ある高校生はLINEと各避難所にいる友人の情報を駆使し、避難所全てで何が不足しているのかを一覧表にまとめて掲載していた。こうした避難所にいる若者の生き抜く力にただただ感嘆する一方で、生き埋め状態から救出された方へいきなり「ところで中はどうでした?」と取材するようなモラル感のかけらもない報道には辟易する。

 川内原発停止に関する議論にしても、オンライン上のニュースしかこちらでアクセスできないからかもしれないが、事実の羅列だけで本当に停止すべきなのか否か、なぜそれが今できないのか、全うに分析している記事はほとんどない。福島の原発の惨事から日本のジャーナリズムの在り方については方々で批判されてきたが、こうしたジャーナリストの消極性は5年経っても変わらないようである。

 おそらく熊本の人々は(そうであって欲しいという願いも込めて)メディアが勝手に思い描いたストーリーの中で被害者化されるのを望んでいるわけではない。罹災申請をどうすればいいのか、被災地以外で被災者を受け入れてもらえる場所はないのか、授業を受けられなくなった15万人の児童の教育をどうすべきか。メディア報道の中で「被害者」化された人々は、すでに前を向きつつある。

福島から5年。何も変わらない政府の対応と報道のあり方を、今後の報道倫理規定の充実も含めてもう一度見直すべきではないか

 

 


この記事を書いた人
久峨喜美子同大学政治国際関係学科博士課程在籍

慶應義塾大学法学部政治学科卒業同大学法学研究科政治学専攻修了英国オックスフォード大学、コンパス(COMPAS)訪問研究員 (2011-12)現在、同大学政治国際関係学科博士課程在籍(DPhil in Politics, The Department of Politics and International Relations, University of Oxford)

久峨喜美子

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