韓国政府機関KEIの威力 日本の対米発信の実態 その3
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
こうした韓国の対米発信の全体図を背景として踏まえたうえで、主役のKEIの具体的な活動を報告しよう。以下はすべてこの数ヶ月間のイベントだった。
「下院外交委員長エド・ロイス議員に米韓関係の現状を問う」(議会の東アジア政策を扱う中枢のロイス議員にKEI代表が質問し、討論する)
「韓日両国間の価値観のギャップを克服するには」(KEI代表の2人の専門家が全米規模のシンポジウムでこのテーマについての意見を発表する)
「米韓同盟と経済協力の強化策を論じる」(KEI主催のシンポジウムで米側の専門家9人を3つのパネルに分けて発表と討論をする)
「2016年の韓国の国会議員選挙結果を分析する」(米韓両方の専門家たちが公開討論の形で同選挙結果の米韓関係への影響などを論じる)
以上の行事を紹介しただけでもすでに日本政府の対米発信とは根本が異なることが明白だろう。KEIは韓国やアメリカ、そして日本もが直面するその時の重要課題を正面から取り上げ、論じるのだ。その論じるプロセスでは韓国政府の主張やアピールが底流として盛りこまれている。アメリカ側への直接の訴えとか要請という露骨な形をとらない、洗練された対米発信なのである。
この種の行事を毎週のように主催するKEIは表面的には韓国政府の対アメリカPR、働きかけの機関というよりも独立したシンクタンクのようにさえみえてくる。ところが実態はまちがいなく韓国政府の対米発信機関なのである。だからワシントン駐在の韓国大使の安豪栄氏はKEI主催のイベントに頻繁に登場し、熱心に発言する。安大使はアメリカ勤務を重ねた知米派外交官できわめて雄弁である。
KEIは1982年に韓国政府によって創設された。資金はすべて韓国政府からなのだ。その公式の目的は「米韓両国間の経済、政治、安全保障に関する対話と理解を促進する」こととされていた。まさに韓国政府による対米発信機関なのである。ワシントンでの一般の研究機関とは異なり、KEIはアメリカ司法省に「外国代理人」として登録されている。外国政府、つまり韓国政府を代弁してアメリカ国内で活動する機関であり、その活動資金も韓国政府から提供されると明記されている。
KEIのオフィスはワシントン市内中心街のビル内の一角にある。一般の事務所のほかにかなり大きな会議室などを備えてはいるが、独立した建物の構えを有する「日本情報文化センター(JICC)」よりは小規模で控え目である。だが活動内容となると大人と子供の違いがあるのだ。
しかもKEIは韓国政府の機関ではあるが、所長はアメリカ議会の前下院議員ドナルド・マンズロ氏である。つい最近まで下院外交委員会のアジア太平洋問題小委員会の委員長などを務め、アジアには詳しい政治家だった。副所長はこれまたアメリカ人の元外交官マーク・トコラ氏である。同氏は国務省の外交官としてアジアへのかかわりが長く、韓国のアメリカ大使館の次席だったこともある。こうしたアメリカの「顔」がKEIのアメリカ側への受け入れを一段と広く深くしているといえよう。
私も実はKEIにはよく出かける。その主催する討論や報告がニュースとするにふさわしい斬新な情報を含むことが多いからだ。最近でも「中国人民解放軍が北朝鮮をどうみるか」というテーマの研究発表があった。米側の若手研究者の発表だった。
(その4に続く。その1、その2。全5回。毎日18時配信予定)
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。