.政治  投稿日:2016/7/5

防衛省行政事業レビューは信用できない その3

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清谷信一(軍事ジャーナリスト)

米軍では弾薬などを扱うときは、必ず誤爆や事故に備えてボディアーマーを装着させる。対して、自衛隊ではボディアーマーは装着しないで、ヘルメットだけを被らせている。これも米軍が奇異に感じるところだ。他国の軍隊では単にファースト・エイド・キットを配るだけではなく、このような負傷を防止あるいは局限する努力をしているが、この資料はこれらに関しても言及していない。

資料では「個人携行救急品を全隊員分確保した場合、約13億円が必要となるが、限られた予算においては現実的な金額ではない。よって、即応隊員分等の最低限必要となる分を確保し、有事等の際において追加で必要となる隊員分の取得方法について検討を実施している」としている。

これが現在のPKO用のキットをすべての隊員に配るのか、戦闘職種に配るのかは不明だが、たかが13億円、機動戦闘車2台分弱に過ぎない。最も基本的な装備の調達にこの程度の予算額を渋るのは極めて異様であり、人命軽視にも程がある。

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○ 陸上自衛隊と米陸軍の個人携行救急品については、同等な部分はあるが、品目及び数量ともに少ない状況である。

○ 受傷直後に適切な処置を行い、救命率を向上させるためには、 個人携行救急品の内容品を拡充する必要がある。特に、弾頭ミサ イル対処等準備期間が極めて短いなか対応するにあたり、一定の保有数がなければ、即応事態に対応できないため、平素からの準備が重要となってくる。

○ 例えば、個人携行救急品を全隊員分確保した場合、約13億円が必要となるが、限られた予算においては現実的な金額ではない。

○ よって、即応隊員分等の最低限必要となる分を確保し、有事等の際において追加で必要となる隊員分の取得方法について検討を実施している。

○ 今後、様々な事態に応じるため、予算の効率的な執行を踏まえ、装備内容の充実を図っていく。

▲平成28年度 防衛省行政事業レビュー外部有識者会合資料より引用

既に述べたように他国のファースト・エイド・キットはより進んでおり、痛み止めなどの支給や、個人装備の防御力を高めている。これらの方策を取り入れるならば数十億円あるいは100億円以上の予算が必要だろう。その点から見ても「たかが13億円」をケチるのはやはり「戦争・戦闘は起きない」という平和ボケ思想が染み付いているのだろう。

だがゲリラ・コマンドウ対処や島嶼防衛における紛争はいつ起こるかわからない。「個人携行救急品」の優先順位が低いと断定するのは、我が国が直面する軍事的な脅威が存在しないと公言するのに等しい。であれば陸自の部隊は大幅に削減していいということになるだろう。

ひいては防衛費を大幅に減額していいということだ。そうであれば10式戦車や機動戦闘車、AAV7などは単なる「高価なおもちゃ」にすぎないということであり、それらに予算をつける必要性は極めて低い。事実防衛大綱でも大部隊の着上陸作戦の可能性は極めて低いとしている。

駆けつけ警護やゲリラ・コマンドウ対処、島嶼防衛などで隊員の命や手足を守ることよりも、必要性がほとんどない見栄えがいい「高価なおもちゃ」を買うこのとの方が、優先順位が高いのだろう。

駆けつけ警護が本年11月から可能となるが、駆けつけ警護で相当数の死傷者が出た場合、自衛隊の士気は大きくダウンするだろう。更に申せば、車輌やヘリなどに搭載する衛生キットも諸外国と比べてお寒い限りだ。最新鋭の10式戦車の衛生キットにしても箱はあるが中身は空だ。これらのお寒い現実に関しても、この資料では全く触れられていない。

そもそもPKO用と国内用にファースト・エイド・キットを分け、戦時には補充します、なんぞという寝言を言っている「軍隊」は自衛隊意外、他に存在しない。救急品は与えれば使用できるものではなく、常に身近に置いて相応の訓練をすることが必要である。

装着が簡単とされる止血帯CATですら、確実に使用できるようになるためには70回以上の訓練が必要である。これも世界的なSOFTT-Wへの以降の一因となっている。訓練無しではたとえ支給されても役には立たない。

しかも陸自では訓練よりも管理を優先させている。陸自ではCATの開封を禁じてビニール袋に入れたままにさせているのだ。これでまともな訓練ができるはずもない。ヨルダンやトルコのような我が国から援助を受けている途上国にしてもこのような間抜けなことはやっていない。

繰り返すが平時用のキットは粗末でいいというのは、戦時を想定していないということであり、ゲリラ・コマンドウ対処事態も、島嶼防衛事態も発生すると思っていないのだろう。何度も書いているが、それは「戦争ごっこ」に過ぎない。「戦争ごっこ」に血税を浪費するのであれば止めて欲しい。

また調達コストを削減する方策の模索もされていない。一括調達すればコストは下がる。またポーチは国内製だが、これを外国で生産すればコストは三分の一以下になるだろう。例えば必要数を調達し、併せてその半分の量を備蓄用として追加調達しても国内製の製品の半分のコストで調達が可能である。コストを下げる努力を真面目にしているとは思えない。そもそも止血帯は輸入品なのになにゆえポーチの類は国産にしなければならないのか。業者との癒着を疑われても仕方があるまい。

米軍用の止血帯。先端が赤く着色されている。

▲米軍用の止血帯©清谷信一

またその止血帯も米国内の販売価格の数倍である。これは通常の貿易で止血帯を輸入すると税関の胸先三寸で破棄を命じられることがある。これは同様なものが国内に存在しないニッチな製品であることに起因している。このため輸入しても三分の一から二分の一の割合で廃棄処分になるという。だが当局からしかるべき書類がある場合に限ってスムーズに通関できる。

だが業者はそれだけでは商売として規模を維持できない。当局以外の販売用のための輸入のリスクを抑えるために、一般販売の値段を基準に自衛隊に納めているという。防衛省が税関や厚労省と交渉し、適切な輸入体勢をとればコストは大幅に下がるだろう。これまた資料に記述がない事実である。これらのコストダウンを行えば資料の言う「13億円の予算」は相当下がるだろう。

資料は冒頭で「諸外国等の装備との比較や情勢を踏まえた新規装備の検討とともに、効率的な装備の取得について検討しているか」と述べているが、諸外国の実態を調査していないことは明白だ。

近年の防衛省の衛生に関する海外視察は戦傷医療に暗い内局の衛生関係者だけであり、陸自の衛生部や衛生学校などからは参加していない。筆者は多くの海外の軍事見本市を取材しているが、陸幕衛生関係者を見たことがない。そして彼らがこのような資料を作成しているのだ。

どこの国でも米軍のように潤沢な予算もリソースもない。限られた予算や人員で最大の効果を発揮すべく、情報を収集し、工夫を重ねている。そのような実例を参考にしたのであれば、こんな胡乱な諸資料を堂々と作成し、公開できるわけがない。

因みにヨルダン軍のメディックが戦闘員15名に対し1名が配属される一方で陸自では約250名に1名にすぎない。そして対処可能な処置の豊富さとレベルは雲泥の差がある。ファースト・エイド・キットの「たかが13億円」を惜しむのは滑稽ですらある。平和ボケがあまりに過ぎる。

この現状が放置されれば、駆けつけ警護で大きな損害を出すだろう。そして損害の大きさの原因が衛生に対する無関心や職務怠慢であることが原因とわかれば、死傷した隊員やその家族は訴訟を起こすだろうし、防衛省は責任を問われるだろう。下手をすれば内閣総辞職も起こりうるだろう。

自衛隊の最高指揮官でもある安倍首相は11月から駆けつけ警護を開始するとしているが、果たしてこのような自衛隊の衛生の平和ボケ体質の現実を知っているのだろうか。

(本シリーズ全3回。その1その2もあわせてお読みください。)

  

 

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この記事を書いた人
清谷信一軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家

日本ペンクラブ会員

日本コスト評価学会会員

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 1962年生。東海大学工学部卒。

軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。

08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。

軍事を主たるフィールドとし、海外取材活動(欧州、中東、南アフリカなど)を活かした国際的な見地に立った著作活動を行う。内外の具体例に基づいた防衛省・自衛隊批評や提言は元防衛庁長官、石破茂氏にも影響を与え、石破氏が長官時代の防衛庁改革ではその指摘の是正が少なからず実現した(三自衛隊の統合運用や特殊部隊、狙撃部隊の創設、陸自の旅団導入、空自の基地警備、海自の地方隊の縮小など)。

自ら起業して、貿易や小売業を手がけており、起業家の視点からの執筆も多い。またサブカルチャーにも造詣が深い。90年代初頭からアニメやマンガなど日本のサブカルチャーの世界進出をいち早く予見、これを国益の観点から論じた。著書「ル・オタク フランスおたく物語」はこの分野の基礎文献となっている。

専門誌はもちろん、右は「正論」から左は「週刊金曜日」まで幅広い媒体にイデオロギーにとらわれず寄稿。また、日経ビジネスオンラインや朝日新聞のWEBRONZA+などのネット媒体にも寄稿。

〔著作〕

  • 国防の死角(PHP)
  • 専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
  • 防衛破綻 「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
  • ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
  • 自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
  • 弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
  • こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
  • 不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
  • Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。

〔共著〕

  • 軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
  • すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
  • アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
  • ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
  • 世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
  • 現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
  • 間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
  • 達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
  • 真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
  • 熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。

〔監訳〕

  • ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
  • SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
  • 太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)

〔ゲーム・シナリオ〕

  • 現代大戦略2001~海外派兵への道~(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略 2002 ~有事法発動の時~(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略2003 テロ国家を制圧せよ(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略 2004 ~日中国境紛争勃発!~(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略 2005 ~護国の盾・イージス艦隊~(システムソフト・アルファー)

 

清谷信一

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