.政治  投稿日:2016/7/5

信用できぬ防衛省行政事業レビュー その1

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清谷信一(軍事ジャーナリスト)

防衛省は「平成28年度防衛省行政事業レビュー」が行われている。これは4月中旬から9月中旬まで行われるがその目的は、「支出先や使途といった事業の実態を把握し、これを国民に明らかにした上で、外部の視点も活用しながら事業の内容や効果の点検を行うことにより、行政の無駄の削減はもとより、事業の効果的、効率的な実施を通じ質の高い行政を実現するとともに、国の行政の透明性を高め、国民への説明責任を果たすために実施されるものである」と説明されている。

防衛省は透明性を担保するためとして「平成28年度防衛省行政事業レビュー外部有識者会合」を5月19日に行った。本会合には外部有識者として、「防衛省行政事業レビュー外部有識者会合」のメンバーである蒲谷亮一(川崎市民オンブズマン)、松村昌廣氏(桃山学院大学法学部教授)、山口更織(有限責任監査法人トーマツ:公認会計士)の各氏、更に行政改革推進会議歳出改革ワーキンググループの有川博(日本大学総合科学研究所教授)、石堂正信(公益財団法人交通協力会常務理事)、太田康広(慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授)の各氏が参加している。この資料は最近まで防衛省のHPで公開されていたが、現在は何故か削除されたようである。

この資料ではこれまで筆者が「東洋経済オンライン」などで指摘、批判してきた「個人携行救急品」(ファースト・エイド・キット)も取り上げられている。

 

参考)

自衛官の「命の値段」は、米軍用犬以下なのか

「自衛隊は、やはり「隊員の命」を軽視している戦闘を想定した準備はできていない<>」

「現行の救急キットでは多くの自衛隊員が死ぬ戦闘を想定した準備はできていない<>」

 

一部には筆者の指摘を取り入れた部分が見える。が、その反面未だに事実を隠蔽、歪めている記述も少なくない。誤った記述の資料を元に議論すれば誤った結論しかでてこない。防衛省は自分たちに都合の良い「誤った結論」を出して欲しいのだろう。

「個人携行救急品」だけ見ても結構怪しいとすれば、他の項目についても同様に内容を疑われて然るべきだろう。実際にこの資料の弾薬の項目では英軍の例を取り上げているが、かなり恣意的な内容となっている。資料を読むと弾薬に関する項目で、英軍は弾薬の国内調達だけを熱心に進めているように記述している。だが、実際のところ英軍では訓練用の小銃弾は南アフリカのPMP社などの安価なものを輸入して使い、また携行型40ミリグレネードランチャーの弾薬はシンガポールのSTキネテック社などから輸入している。

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つまり国内の弾薬のミニマムな生産基盤を維持しつつ、同時に輸入によってコストを下げることを併用している。そのような事実はこの資料には全く記されていない。これは有識者会議の議論を自分たちの都合の良い結論にミスリードする意図があると思われてもしかたない。防衛省は有識者会合を単にレビューの公平性を担保するための「アリバイ工作」としか考えていないのだろう。

衛生についてだが、まず用語の間違いがある。「受傷現場で迅速に応急処置を実施」とあるが、負傷者自身または戦闘隊員相互で行うのは「救急処置」である。生命の急は自分で救うより他は無いため「救急処置」という。一方で衛生科隊員が行うものは、救急処置に専門技術で応じる「応急処置」と呼称する。この資料は内局の衛生関係者が作ったようだが、このような基礎的な間違いをプロが作成し、またチェックしたものとは信じがたい。それだけ衛生関係者のレベルが低いと見られても仕方あるまい。

表①を見てみよう。ここでは「個人携行救急品」の国内用の「全隊員に支給済み」と、「有事・PKO等で補給」されるアイテムが紹介されている。国内用はポーチ、止血帯、包帯が各1個と紹介され、「有事・PKO等で補給」の項目では止血ガーゼ、ハサミ、手袋、人工呼吸シート、チェストシール各一個となっている。

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▲表①

セットの構成内容は昨年、記者会見で岩田清文幕僚長や中谷元防衛大臣が筆者に対して述べた内容と同じだ。だがこの資料の記述は、かつての陸幕の公式見解とは異なっている。かつて筆者は、君塚栄治前陸幕長時代に陸幕長会見において、なぜ「個人携行救急品」に国内用と国外用があるのか、国内用は不十分でないかと質問した。それに対する陸幕広報室の回答は、

「(国内用は)国内における隊員負傷後、野戦病院などに後送されるまでに必要な応急処置を、医学的知識がなく、判断力や体力が低下した負傷者みずからが実施することを踏まえ、救命上、絶対不可欠なものに限定して選定した」

「国外用は、国内に比し、後送する病院や医療レベルも不十分である可能性が高いため、各種負傷に際し、みずからが措置できるための品目を、国内入れ組品に追加して選定した」

であった。つまり国内用は病院が多数あるので国外用ほど充実した内容でなくて構わないという、とても「軍隊」とは思えない平和ボケ説明だった。国内が戦時になれば当然一般病院も傷病者が溢れる。とても多数の負傷した自衛官を治療する余裕はないだろう。

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既に報じたように、筆者が昨年陸幕衛生部に対して行ったインタビューにおいて、衛生部の菊池勇一衛生計画Gp長(当時)は「有事に(国内用セットにPKO用と同等の)アイテムを追加するという計画」があると、それまでの陸幕と異なることを述べた。だがその計画は事実上存在しないことは明らかだ。菊池衛生計画Gp長は「有事用の備蓄は陸自にあまりなく、有事には流通在庫に頼る」と説明した。

だが、筆者が業者に取材した限りそのような「計画」を知っている業者はいなかった。当事者である業者が知らない計画があるだろうか。これらのアイテムは概ね輸入品であり、しかも使用期限がある。自衛隊以外の大口需要は期待できない。しかも調達は競争入札であり、必ず勝てるとは限らない。このため通常は応札が決まってから海外メーカーに発注する。つまり普段から大量の在庫を抱えることはない。業者に何の保証も行わず流通在庫を納品しろとだけ指図するのであれば、それはお国のために自腹を切って損をしろということになる。これは業者いじめだけではなく、行政による不法行為である。

それ以前に現実的ではない。有事になった際に、仮に在庫があっても右から左に納品できない。業者は自衛隊の補給処ではない。電話一本で業者の倉庫から前線部隊に配送できるシステムは存在しない。それが仮に物理的に可能であるならば、法改正及び自衛隊内部の手続きの改正が必要だが、筆者はそのような改正がなされたとは寡聞にして聞いたことがない。

つまり追加アイテムの「有事の補充」の「計画」は存在しない。有りもしない計画をあたかも存在するかのように装うのは防衛省ではともかく、世間一般では「嘘」と呼ばれている。

防衛省行政事業レビュー外部有識者会合(第1回)議事概要

その2その3につづく。)

 

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この記事を書いた人
清谷信一軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家

日本ペンクラブ会員

日本コスト評価学会会員

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 1962年生。東海大学工学部卒。

軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。

08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。

軍事を主たるフィールドとし、海外取材活動(欧州、中東、南アフリカなど)を活かした国際的な見地に立った著作活動を行う。内外の具体例に基づいた防衛省・自衛隊批評や提言は元防衛庁長官、石破茂氏にも影響を与え、石破氏が長官時代の防衛庁改革ではその指摘の是正が少なからず実現した(三自衛隊の統合運用や特殊部隊、狙撃部隊の創設、陸自の旅団導入、空自の基地警備、海自の地方隊の縮小など)。

自ら起業して、貿易や小売業を手がけており、起業家の視点からの執筆も多い。またサブカルチャーにも造詣が深い。90年代初頭からアニメやマンガなど日本のサブカルチャーの世界進出をいち早く予見、これを国益の観点から論じた。著書「ル・オタク フランスおたく物語」はこの分野の基礎文献となっている。

専門誌はもちろん、右は「正論」から左は「週刊金曜日」まで幅広い媒体にイデオロギーにとらわれず寄稿。また、日経ビジネスオンラインや朝日新聞のWEBRONZA+などのネット媒体にも寄稿。

〔著作〕

  • 国防の死角(PHP)
  • 専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
  • 防衛破綻 「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
  • ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
  • 自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
  • 弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
  • こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
  • 不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
  • Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。

〔共著〕

  • 軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
  • すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
  • アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
  • ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
  • 世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
  • 現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
  • 間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
  • 達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
  • 真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
  • 熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。

〔監訳〕

  • ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
  • SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
  • 太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)

〔ゲーム・シナリオ〕

  • 現代大戦略2001~海外派兵への道~(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略 2002 ~有事法発動の時~(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略2003 テロ国家を制圧せよ(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略 2004 ~日中国境紛争勃発!~(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略 2005 ~護国の盾・イージス艦隊~(システムソフト・アルファー)

 

清谷信一

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