東京都働き方改革その1 残業代年・514億円!? 東京都長期ビジョンを読み解く!その39
西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)
「西村健の地方自治ウォッチング」
東京都は「(午後)8時完全退庁」をルールとし、残業ゼロに向けた取り組みをはじめた。非常に素晴らしい取り組みだと思う。真面目な都庁職員のワークライフバランス確保などのために当然の取り組みだと思う。
8時に帰宅することのメリットは、集中して仕事に取組めること、メリハリのついた仕事ができるようになること、ワークライフバランスも確保されること、残業している人だけが組織に対するコミットメントが(残業時間分だけ)高まること(簡単に言うと「頑張ってる」という他人からのイメージが醸成されること)が防止されること、電気代が節約されることなどがあげられる。そのほか、職員が早めに帰宅することで、育児や介護にかけることもできるようになり、地域活動・ソーシャルな活動にも参加できるようになる。人材育成面でも非常に良い効果が期待される。
そもそも都庁職員の方はとても優秀な方々が多く、頑張っている姿に感嘆することも多い。平成11年以来26年までに職員定数を12%も減らしてきたことも事実であり、人口10万人あたりの職員数は他の道府県と比較して、かなり少ない。
しかし、都庁全体で年間の残業にかかる経費はなんと514億円もかかっていることも事実なのだ(「広報東京都」11月号、5ページ)。
1 514億円の超過勤務?
「平成28年度 東京都人事行政の運営等の状況について」を見てみると詳しく載っている。
一般行政職は、
・支給実績(27年度普通会計決算)51,394,307千円
・職員1人当たり平均支給年額(27 年度普通会計決算)345 千円
職員1人あたり34万円、月平均にすると2.8万円といったところか。「514億円」となると「膨大」という印象だが、職員1人あたりにするとそれほどでもない。このお金はどこから出るのか?もちろん税金だ。都税納税義務者はだいたい651万人なのでこの数字で割ってみると都民1人当たり7800円くらいになる。
この数字を見てしまうと、午後5時半で終了するレベルで仕事をするための改革をお願いしたいものだと多くの人は思うだろう。しかし、都職員をこんなに働かせているのもまた都民でもある。
2 都にだって事情がある
「都庁 組織・人事改革ポリシー」という資料がある。27年3月に東京都総務局から出されたこの資料の中で、気になったのは「都民ニーズが多様化・高度化」という言葉である。都民から様々な要求がでるようになっていて、これまでより対応がより高度なレベルが求められている(ので対応が難しい→残業が増える)というところだろうか。この「多様化・高度化」という言葉には都庁職員の実感が込められている。
すでに崩壊している(いやそもそもないところも)地域社会で公共的なことを引き受けることは難しく、社会の複雑化とともに地域では対応できないことが増える。そのため都庁職員の出番となる。このことは仕方ないのかもしれない。
3 仕事が増大してしまう問題構造
仕事が増えてしまう理由として私は以下の要因が大きいと考える。
(1)不明朗な役割分担
都民からの要求にどこまで対応すべきなのか、国・市町村・企業との役割分担はどこまでやればいいのか、が明確に定義されていない。そもそも、都民に対して「これしかできません」「どうか我慢してください」ということはできないことも多い(そんなことを言ったら議員を通して批判がきて、自分の立場が悪くなる)。また、民間の仕事をどう考えても圧迫しているような事業・業務もある。
(2)事務事業の見直しが進まない行政経営システム
地方自治体の行政経営システムにおいて、事務事業を廃止・統合するといった取組みは、財政状況が厳しくなるなどの必要性がないと発動されない。誰から見ても「無駄な」事業であっても、そこに利害関係者がいる限り、その方々に廃止を納得してもらわないといけないわけで非常に大変である。都民から議員を通して、もしくは直接知事へのクレームも出てくるわけで、廃止するためわざわざ苦労するより、「先送り」の選択のほうが楽なのだ。廃止に向けて動いたとしても、途中でどこから横やりが入るかわからない。
また、新たなトップが新たな政策を掲げれば掲げるほど、新たな仕事が増える。しかし、たいてい既存事業の見直しは進まないので(選挙を意識するトップは事業を廃止することを嫌がるため)、しわ寄せが職員に残業という形で来るという構造だ。
(3)改革要素が人事評価上に入っていない
必要性の薄い事務事業をやめる、残業時間を減らす、業務改善に取り組むといった行為が人事評価上において評価要素にあがっていないことも上記2つの要因を支えている。
東京都の人事評価は以下の通り。
① 一般職員の評定要素
・業績評定: 仕事の成果
・プロセス評定:職務遂行力、組織運営力(監督職)or組織支援力(一般職)、取組姿勢
② 管理職および管理職候補者の評定要素
・業績評価:職務の実績
・能力評価:職務遂行過程において発揮された能力(課題設定力・実行力・組織運営力)
ここには「改革力」は存在しない。
上記3つの要因1つ1つとってもとても難しい問題であることがわかるだろう。
4 改革のためにすべきこと
都庁改革本部の第二回会合で総務部が提出した資料「総務局における自律改革の取組」を見てみよう。その中に、以下の内容がある。
取組名「業務の日常的な棚卸し による効率的な働き方の推進」
・タスクリストを作成し、業務の進捗管理に活用するとともに、必要性の低い業務は業務をやめる等の仕分けを行う
・管理監督職から職員に対し、業務の優先順位や業務に求められるレベルを具体的に指示する
という自律改革案が会合にて報告され、実際10月1日から実施されている。この取り組みは一定の評価をすることができよう。とはいえ、小手先の改革にも見えることも確か(詳細は次回に検討したい)。この取り組みからは「超過勤務の慢性化」の根本原因が見えないのだ。
大事なのは、なぜ残業が発生するのか、その構造である。その部分を分析するのが先ではないか。そうしないと何かしらの数字が達成できても結局、どこかにしわ寄せが寄る。どこまでの都民ニーズにこたえるべきなのかを考えるべき時に来ていると思う。そのために超過勤務の慢性化の分析は出発点になる。
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この記事を書いた人
西村健人材育成コンサルタント/未来学者
経営コンサルタント/政策アナリスト/社会起業家
NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、株式会社ターンアラウンド研究所代表取締役社長。
慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア株式会社入社。その後、株式会社日本能率協会コンサルティング(JMAC)にて地方自治体の行財政改革、行政評価や人事評価の導入・運用、業務改善を支援。独立後、企業の組織改革、人的資本、人事評価、SDGs、新規事業企画の支援を進めている。
専門は、公共政策、人事評価やリーダーシップ、SDGs。