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.経済  投稿日:2017/1/13

【大予測:自動車業界】トランプ氏のツイートで激震 その3


遠藤功治(株式会社SBI証券)

「遠藤功治のオートモーティブ・フォーカス」

■トランプ氏の真の狙いは日本からの輸出車

結局、トヨタ自動車は今回の件でどう対処するのか。暫くは静観かと思いましたが、前述通り、今後5年間で100億ドルの追加投資を約束しました。トヨタ自動車によるワシントンDCでのロビー活動はつとに有名ですが、新政権との太いパイプが無いとも言われるトヨタ自動車、どの程度、トランプ氏に食い込めるかは予断を許さず、1月中旬から始まるデトロイトでの北米モーターショーに、豊田章男社長が参加、その前後で、トランプ氏との接触などがされるのかもしれません。

現実問題として、トヨタ自動車の新工場が完成するのは2019年ですから、新政権の具体的なNAFTA・対メキシコ戦略を横目で見ながら、比較的ゆるりと工場建設を続けていくのでしょう。最終的には20万台規模の工場ですが、第一期は10万台、比較的小規模な工場ということもあり、FORDとは違い、建設計画の途中中止などという選択肢は取らないと思います。

ただ、稼働時期の延期、立ち上げスピードの変更、生産規模の縮小、設備投資額の削減等の施策はあるかもしれません。当然、メキシコ国内での販売増と共に、米国向けにカローラを輸出する計画が中心でしょうが、その輸出先の多様化・変更などの可能性もあるでしょう。

しかし、メキシコと南米、特にブラジルやアルゼンチンとの間には貿易摩擦の問題があり、メキシコから南米に輸出する台数には規制枠があり、そう簡単に右から左に輸出先を変えることは難しいのも確かです。ペソ安も含め、メキシコ経済の大幅な成長率鈍化を予想するエコノミストも多く、メキシコ国内の自動車販売が低迷することも考えられます。

実際に米国がNAFTAから脱退する前や、Big Border Taxを課す前に、メキシコ経済の低迷により、メキシコでの自動車生産が計画を大幅に下回る可能性が出てきたとも言えます。

他の自動車メーカーはどう対応するのか。特に日産自動車とマツダです。ルールが変われば、それに対応してビジネス・ストラトジーも変える、日産自動車のゴーン社長はそう思っていることでしょうが、ことはそう簡単ではありません。日産自動車は既にメキシコ最大の自動車生産会社であることは前述しましたが、現在の85万台という年間生産能力を、近い将来、100万台の大台に乗せる計画が進行しています。

日産自動車はメキシコ国内でもシェア1位、メキシコ国内市場の低迷と輸出でのハンディキャップの双方が出現した場合、その舵取りは非常に厳しくなります。マツダも同様で、北米にあるマツダの生産拠点はメキシコだけです。米国のミシガン州に立地していた工場からはとうの昔に撤退しています。よって、米国販売の車は、実質全てが日本製かメキシコ製ということになります。これまで永い間、円高に苦しんできたマツダが、近年その為替影響を低下させるべく、積極的に海外工場の開設に動いてきた訳ですが、その最も重要な拠点がメキシコです。まだメキシコ国内での販売台数が少ないということもあり、メキシコ生産車のうち、約9割が輸出され、その大半が米国向けです。米国はマツダにとって、利益の一大柱であり、この拠点から米国向け輸出が制限を受けるようなことになると、マツダにとっては死活問題となります。

ただ、トランプ氏の真のターゲットは、本来別のところにあるのではないか、そのような気もします。それはTPP後の日本との貿易交渉です。米国はTPPから離脱するというのは、トランプ氏の公約の1つですが、仮に離脱したとして、その後に起きることは、それぞれ各国との二国間交渉になる可能性が高い、ということです。

米国から見れば、相手がメキシコ製であろうと、日本製であろうと、海外から米国国内に入ってくる自動車は全て輸入車です。メキシコ製だけにBig Border Taxの35%関税を課し、日本製の車には現行の2.5%関税というのが、トランプ政権にとって納得がいくものなのか。本来ならこの2.5%の関税は25年をかけて、段階的に撤廃する、というのがTPPでの合意内容だったのですが、トランプ政権がTPPから脱退した場合、この約束は破棄されます。否、それどころか、日本からの輸入車にも、Big Border Taxをかけるべき、との意見が出ないとも限りません。(ちなみに、米国から日本へ輸出される自動車への関税は、既にゼロとなっています)。

次の表は、米国で販売されている自動車のうち、米国及びカナダで生産されている車の比率・米国外から輸入されている車の比率を示したものです(2016年、1月-11月実績値)。

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この表で、米加生産車とあるのは、各社が米国内で販売した台数のうち、米国とカナダで生産された車両台数、それ以外輸入車は、米国とカナダ以外での生産車であり、これはメキシコ製を含む台数でとなります。勿論、日本製の車もここに入ります。

結果、何がわかるかと言うと、米BIG3全社、及びホンダが、全体の90%以上が米国・カナダ産であるということ。トヨタ・日産自動車は70%強と、4分の3程度は米国・カナダ製、反対から言えば、20-25%がメキシコを含む輸入車である、ということです。前述のように、日産自動車の場合はメキシコ生産が多く、トヨタ自動車の場合は非常に少ない。つまり、これをNAFTA製(米国・カナダ・メキシコ製合計)とすれば、トヨタ自動車がなお、日本からの輸入車に20%以上、依存しているということになります。富士重は60%日本車、マツダはこの表では100%輸入車ですが、メキシコ生産車が多いことを考えると、日本車比率は約50%程度と推定されます。実際、日系企業で、米国・カナダ以外からの輸入台数が最も多いのは、トヨタ自動車ということになります。

仮に、日本製自動車に対する関税を、現行の2.5%からBig Border Taxの35%に引き上げると、当然のこととして、日本から米国への自動車輸出は大打撃を受けることになります。日米間の自動車摩擦は過去、何度も起きていますが、最大のものは1981年に開始された、日本車の対米自主規制でしょう。年間168万台(その後、徐々に引き上げられた)という枠をもうけ、日本製の輸出車(米国からみれば輸入車)の数量規制に踏み切った訳です。

後から振り返れば、日本車はこれでぼろ儲けをする(需要がある所で供給量を規制する訳ですから、日本車の実勢価格が上がる)のですが、その規制発効時点では、日本各社にとっては、国内の工場稼働率という点で厳しい状況を迎えます。

メキシコからの輸入車に35%関税をかけると、米国内での自動車価格が2,000ドルから5,000ドル上昇するという指摘もあります。日本からの輸入車にBig Border Taxをかける、ないしは数量規制を実施することも、米国国内での日本車価格の引き上げにつながります。燃費とガソリン価格高騰及び品質の点から、1981年当時は、日本車の優位性がはっきりしていましたが、現在ではその優位性は揺らいでおり、日本車の競争力を更に毀損させることは明らかでしょう。トランプ次期大統領の真意が、対米輸出される日本製自動車にあるとすれば、日本メーカーにとっては、大きな脅威となる可能性があります。日本からの輸出を止めて、税金が下がる米国で生産せよ、tweetの次に来るのは、こういった“悪魔のささやき”かもしれません。

今一つ、注意したいのは次期副大統領のマイク・ペンス氏でしょう。彼はインディアナ州知事で、日系企業の誘致に非常に積極的であることが知られています。実際、インディアナ州では、トヨタ自動車・ホンダ・富士重工業の3社が、組立工場を稼働させており、その周辺には、日系部品会社が数多く、立地しています。このペンス氏を通して、日系企業の米国内における雇用や経済への貢献が、新政権内で共有されることは重要でしょう。

一部、トランプ氏は任期途中で大統領職を投げ出す可能性を指摘する声もあります。将来については全くの藪の中ですが、その可能性も考慮すれば、副大統領であるペンス氏への接近は、日系各社にとって重要なロビー活動なのかもしれません。

このように、2017年丁酉の年は、トランプ旋風によって騒がしく始まりました。短期的には、いろいろと騒ぎが続くのかわかりませんが、既にもう長期的には、次の丁酉の年2077年(!)を見据えている研究者もいるようです。2077年とは壮大な先ですが、全てAIで生産された車がAIで操作される時代、否、車というものが存在しているのかさえ定かではない時代、日本の人口は今の半分でしょうか、3カ国の自由貿易圏とは、地球と月と火星でしょうか、そこから離脱する云々と主張するのはやはり、Divided States of Americaの長でしょうか。騒がしいといっても、まだそこまで考える必要は、まだ無いのかもしれません。

(了。全3回。その1その2。)


この記事を書いた人
遠藤功治株式会社SBI証券  投資調査部 専任部長兼シニアリサーチフェロー

1984年に野村證券入社、以来、SGウォーバーグ、リーマンブラザーズ、シュローダー、クレディスイスと、欧米系の外資系投資銀行にて活躍、証券アナリスト歴は通算32年に上る。うち、約27年間が、自動車・自動車部品業界、3年間が電機・電子部品業界の業界・企業分析に携わる。 その間、日経アナリストランキングやInstitutional Investors ランキングでは、常に上位に位置2000年日経アナリストランキング自動車部門第1位)。その豊富な業界知識と語学力を生かし、金融業界のみならず、テレビや新聞・雑誌を中心に、数々のマスコミ・報道番組にも登場、主に自動車業界の現状分析につき、解説を披露している。また、“トップアナリストの業界分析”(日本経済新聞社、共著)など、出版本も多数。日系の主要な自動車会社・部品会社に招かれてのセミナーや勉強会等、講義の機会も多数に上る。最近では、日本経団連や外国特派員協会での講演(東京他)、国連・ILOでの講演(ジュネーブ)や、ダボス夏季会議での基調講演などがあり、海外の自動車・自動車部品メーカー、また、大学・研究機関・国連関係の知己も多い。2016年7月より、株式会社SBI証券に移籍、引き続き自動車・自動車部品関係を担当すると供に、新素材、自動運転(ADAS)、人口知能(AI)、ロボット分野のリサーチにも注力している。

東京出身、58歳

遠藤功治

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