独裁者の真意は「命乞い」? 金王朝解体新書その10
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・8月29日北朝鮮が弾道ミサイルを発射、Jアラートが発令した。
・金正恩の裏の外交戦略は、秘密交渉で「斬首作戦」実行を避けることとの見方あり。
・トランプ政権が金正恩の真の意図をどこまで理解しているか疑問が残る。
8月29日早朝、北朝鮮が弾道ミサイルを発射、Jアラートが発令されたが、
・警戒区域が北関東から北海道までと、いささか広すぎた。
・東北地方など特にそうだが、頑丈な建物や地下に避難してくださいと言われても、そのような場所はない。
といった問題点が指摘された。
そもそも本当に日本列島が標的とされた場合、発射から着弾まで5分足らずだと言うのに、現状の警戒態勢や避難準備態勢でよいのか、と私は危機感を抱いているが、それが本シリーズの主題ではないので、ひとまず置く。
今回考えてみたいのは、キム・ジョンウン(金正恩)が、国際世論の反発を無視してミサイル発射実験を続ける、その真意はどこにあるのか、ということだ。
軍事力を誇示し、米国を外交交渉のテーブルにつかせよう、というところまでは、衆目が一致しているが、韓国の消息筋は、キム・ジョンウンの真の狙いは、二段構えの外交交渉を通じての「命乞い」だと見ている。
まず、核実験の自粛などと引き換えに、国際社会からの経済的な圧力を軽減してもらおうというのが「表」の話で、秘密交渉で「斬首作戦」を実行しない、という言質を取るのが裏の外交戦略であるという。
この「斬首作戦」に対してキム・ジョンウンが抱いている恐怖感は相当なもので、移動するにも公用車のベンツではなく、もともと側近に買い与えたレクサスを使用するようになった、との情報まである。
ただ、この情報がもし事実であるならば、彼の動静は完全に米韓軍の掌中にあるとも言える。
車を変えることが暗殺に対する抑止力になるのか、と首をかしげる向きもあろうが、昨今では、かつてのように狙撃や毒殺という主産に頼らずとも、移動中の公用車めがけて無人機から対戦車ミサイルを発射するという手がある。世界的なスナイパーでも有効射程距離は1㎞程度だが、イスラエルが開発したニムロッドと呼ばれる対戦車ミサイルならば、最大25㎞以上先の標的を攻撃することもでき、しかも防弾ガラスなど役に立たない。
▲写真 ニムロッド対戦車ミサイル Photo by Jastrow
もちろん戦争となれば、頑丈な地下壕に設けられた司令部に移動するであろうが、この地下要塞も最新の大型爆弾の前にはおそらく無力だと言われている。なんと言っても、脱北した人民軍将校や技術者からもたらされた情報によって、地下要塞の位置や内部構造も、すでに米韓軍の知るところとなっている。古来、籠城して勝ったためしはないと言われるが、それ以前に、これでは戦争にも勝負にもならない。
▲写真 米戦略爆撃機B1-Bと韓国空軍 F-15 戦闘機 2017年7月30日 Photo by Tech. Sgt. Kamaile Casillas
要するに、キム・ジョンウンの頼みの綱は、「米韓軍が先に動いたら、核による報復もあり得る。今やわが弾道ミサイルの能力は、米国本土をも射程に入れた」などと恫喝できる能力だけなのである。
ただ厄介なのは、米国のトランプ政権が、この恫喝の真意をどこまで理解しているか、はなはだ疑問に思える点だ。
軍や情報機関の上層部、経験を積んだ外交官などは話が別だとしても、ご承知のようにあの大統領は、そうした人たちの意見に耳を貸さない。話し合いの余地はない、などと強気一辺倒だ。
ここまで読まれた読者は、北朝鮮が本気で戦争を始める可能性はさほど高くない、という私の考えをご理解いただけよう。
ただし私は、心配ないとは言わない。
偶発的な事態から本格的な武力衝突に発展してしまう可能性は排除できないし、なにより北朝鮮というのは常識が通用しない国家であるからだ。
このような時期に、果たして常識的な判断力を備えているのか、疑問に思わざるを得ない人物が米国大統領の座にあることこそ、日韓にとって真の災厄であるかも知れない。
トップ画像:北朝鮮の中距離弾道ミサイル「火星12号」 出典:CSIS Missele Defense Project
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。