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.国際  投稿日:2017/10/3

“国歌斉唱不起立”に見る米人種問題の本質1


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

【まとめ】

・米NFLの選手達が黒人への暴力に抗議して国会斉唱時に片膝ついて抗議。トランプ氏は「首だ!」と発言。

・その陰で、黒人に対する公権力による暴力の問題は看過されている。

・選手達は「非常手段」としての米国旗への抗議で、問題を可視化しようとしている。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真の説明と出典のみ残っていることがあります。その場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=36459で記事をお読みください。】

 

米プロフットボールリーグ(NFLの試合前、選手たちが黒人への暴力に抗議して国歌斉唱の際に片膝をついて起立を拒んだり、互いに腕を組んだりして団結の意思を示したことに関し、トランプ米大統領(71)は「国歌斉唱で起立しないような選手は解雇するべきだ」と発言。これに選手たちが「片膝抗議」で応え、全米で議論が沸騰している。

また先月にはバージニア州シャーロッツビルで、南北戦争における南軍の英雄リー将軍像の撤去に反対する白人至上主義者と、それに抗議する人々が衝突した事件が起こり、米国の国論が二分されたことは記憶に新しい。

だが、これらの抗議が明確にしようとする、黒人に対する現在進行形の公権力による暴力や、現在も全米で続いている白人優位の制度設計が、「国歌に対する尊敬の念の欠如」「スポーツイベントで選手に期待される振る舞い」や「モニュメントのあり方」にすり替えられてしまい、肝心の人種問題の本質が見えなくなっている。

具体的に何が見えなくなっているのか。なぜ、見えなくなるのか。探ってみよう。

 

■ 今、見えていること

今、保守・リベラル双方の米主流メディアでは、トランプ大統領の発言にあわせて報道のあり方を決めている。たとえば、トランプ氏は9月22日の支持者集会で、黒人選手が4分の3を占めるNFLで最初に抗議行動を始めたコリン・キャパニック選手(29)や同調者たちを念頭に、「NFLチームのオーナーが、我々の国旗に不敬な態度をとる奴に、『あのあばずれの息子をすぐにグラウンドからつまみだせ。出てけ。クビだ』と言ったら最高じゃないか」と発言し、声援を浴びた。これは、視聴率や部数やウェブ閲覧数が稼げる絶好のニュースだ。

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▲写真 コリン・キャパニック選手 Twitter : Colin Kaepernick @Kaepernick7

トランプ氏はさらにツイートで、「もし選手がNFLやその他のスポーツ・リーグで何百万ドルも稼ぐ特権を手にしたいなら、我々の偉大な米国旗への不敬は許されてはならない。」「国歌には起立すべきだ。そうしないなら、お前はクビだ。何か別のことをしろ!」と書いている。メディアはこれを面白おかしく書き立てる。

そのような報道の視点から見えるのは、育ててくれた祖国に感謝の念を持たない不敬な黒人たちが、純粋にスポーツを楽しむイベントを政治化し、国民団結の場である国歌斉唱を分裂のパフォーマンスへと変えてしまっているとする見解だ。黒人に「同情的」なリベラル系メディアでさえ、フォーカスが愛国心やスポーツの政治化に当てられており、黒人への暴力そのものに関する報道が極めて少ない。

ここには、大きな人種間の意識のズレがある。そうしたなか、NFLや他のプロスポーツの場においても、「片膝抗議」「腕組み抗議」が拡大している。9月24日の試合では、ボルティモア・レイブンズテレル・サッグス選手(34)などスター級を含む多数のアスリートが、国歌斉唱の際に片膝をついた。

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▲写真 テレル・サッグス選手 flickr : Keith Allison

ニューイングランド・ペイトリオッツ、クリーブランド・ブラウンズ、マイアミ・ドルフィンズといった主要チームでは選手たちが起立を拒否し、ピッツバーグ・スティーラーズの選手たちに至っては、国歌斉唱が終わるまで1人を除いてフィールドに現れなかったのである。

このように抗議が広がるほど、白人の間におけるトランプ大統領の支持は強まる。けしからぬ黒人たちに対し、トランプ氏は遠慮することなく叱りつけてくれるからである。トランプ大統領は、彼らの代弁者を演じているのだ。

底流にあるのは、「人種間の不平等の解消に、すでに大きな進歩があった」(米エール大学が9月25日に発表した白人の意識に関する研究論文)、「黒人の文句に根拠はない」とする前提である。

 

■ 今、起きているが見えないこと

だが、一連の出来事を黒人たちの側から見ると、物事が単純でないことがわかる。元ナショナル・バスケットボール・アソシエーション(NBA)の黒人スター選手で実業家のマジック・ジョンソン氏(58)はいみじくも、「トランプ大統領は、選手たちの抗議を問題化するのではなく、彼らが抗議している問題に取り組むべきだ」と述べている。

黒人側から見れば、どれだけ不当な扱いを訴えても問題化されない絶望感から、選手たちは「非常手段」としての米国旗や国家への抗議で、問題を可視化しようとしている。彼らは注目を浴びたいのではなく、注目させたいことがあるのだ。

なのにその行動が、彼らの愛国心やプロとしての振る舞いの問題にすり替えられてしまい、絶望に絶望が重なっている状態だ。では、選手たちは何に対して抗議しているのか。

黒人ニュースサイト『ザ・ルート』のテレル・スター上席記者は、「2017年、白人たちが国歌斉唱時に起立する。だが彼らのほとんどは、黒人を射殺した警察官が『やらなければ、やられるという恐怖があった』との根拠のない言い訳の影に隠れることに、無関心な沈黙で着席したままだ」と、黒人側から見た不起立問題の本質を指摘した。

そのような絶望を、黒人メディアの書き手たちが次々と、具体的に綴っている。次回で紹介したい。

下に続く。全2回)

トップ画像:ボルティモア・レイブンス ジャクソンビル・ジャガースとの対戦前の国歌斉唱 2017年9月24日 出典/NFL


この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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