まともに機能しない米政治
宮家邦彦の外交・安保カレンダー(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
2018#02 2018年1月8-14日
【まとめ】
・トランプ政権内情暴露本で渦中のバノン前大統領首席補佐官は「後悔している」と弁明。
・バノン氏は本の中で、トランプ陣営幹部が去年、弁護士同席なく外国政府関係者と会ったことは反逆的かつ非愛国的な行為とした。
・バノン氏は本での発言を否定しておらず、トランプ陣営も和解の可能性については沈黙している。
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今週のワシントンはトランプ政権の内情暴露本の話で持ち切りだ。詳しくは関連報道を読んで頂くとして(筆者も未だ全文を読んだ訳ではない)、今週は同書をめぐる米国政界の動きについて触れたい。尤も、渦中の人であるSバノン氏は今や、同書への対応をめぐり「後悔している」と表明したそうだ。意外に骨のない男なんだな、と思う。
写真)『Fire and Fury: Inside the Trump White House』
マイケル・ウルフ(Michael Wolff)著
それはともかく、事の起こりは1月3日の英紙Guardianの記事だった。毀誉褒貶相半ばする米国人ジャーナリスト・マイケル・ウルフ(Michael Wolff)の著書『Fire and Fury: Inside the Trump White House』の概要が報じられたのだ。ウルフは同書でトランプ氏の大統領としての資質につき実に辛辣に描いている。
写真)マイケル・ウォルフ氏
出典)ウィキぺディアコモンズ photo by Andrew Dermont
中でも強烈だったのが元最側近のスティーブ・バノン氏のコメントだ。バノン氏は引用される形で、「(トランプ氏の娘婿であるクシュナー氏と息子であるドナルドJRを含む)トランプ陣営幹部3人が昨年6月、トランプタワーの25階で、弁護士の同席もなく、外国政府関係者と会ったことは反逆的か非愛国的な行為だ」とまで言い放った。
これでワシントンは大騒ぎ、同書は即日売り切れの大ベストセラー。リベラル系メディアは鬼の首でもを取ったようにトランプ政権批判を垂れ流した。そのバノン氏が7日、一転してトランプ一族との関係修復に動いたようだが、内容的には事実上の降伏に近い。やはり2018年には何が起きてもおかしくない、と見るべきなのだろう。
〇欧州・ロシア
7日から12日までドイツのCDUとSDPの連立協議が再開される。「まだやっているのか」というのが率直な印象だ。今年前半のEU議長国はブルガリアとなるが、その就任式典が11日からソフィアで開かれる。12-13日にはチェコ大統領選挙の第一回投票が行われるが、同国では先月、少数与党政権が発足したばかり。どうなるのか。
安倍首相は12日から17日まで東欧6カ国を歴訪する。具体的にはエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト3国とEU議長国のブルガリアにセルビア、ルーマニアだ.
ようやく日本の首相がこの地域を訪問する。これも長期政権でなければあり得ない現象である。最近この地域では中国の影響力が拡大しており、必要不可欠の訪問だろう。
〇東アジア・大洋州
9日に朝鮮半島で南北対話が予定されている。内容的には五輪参加選手団の話が中心で、和平に繋がるとは思えない。韓国は何が何でも平昌五輪を成功させたいという思いなのだろう。仮にすべてが上手くいっても、オリンピックが終われば北朝鮮は実験を再開する。核問題進展には寄与しないだろうが、ないよりはマシということだ。
写真)韓国平昌
出典)flickr:Republic of Korea
8日から11日まで仏大統領が訪中する。同じく8日からインドの対外担当相がタイ、インドネシア、シンガポールを訪問するのも興味深い。一方、ロシアの極東艦隊が8日、ウラジオストクに帰還した。今回の航行先はブルネイ、カンボジア、ミャンマー、インドネシア、タイと中国だ。久し振りで散歩に出た犬と電柱の関係なのだろうか。
Visiter Xi’an, c’est rentrer dans l’intimité du pays et avec humilité et détermination construire une nouvelle histoire dans la durée. pic.twitter.com/S9QqqNG4Jo
— Emmanuel Macron (@EmmanuelMacron) January 8, 2018
△訪中するマクロン仏大統領 マクロン氏Twitter
〇中東・アフリカ
8日にエジプトで大統領選挙等の日程につき発表がある。結局は現職大統領の再選なのだろうが、これでは1980年代以降のエジプトに逆戻りだ。さすがはエジプト、悠久の国ではある。12日は米国が対イラン制裁の適用除外を更新する期限だ。米対イラン政策に変更があるのか、イラン国内の反政府活動もあり、注目される。
〇南北アメリカ
冒頭ご紹介したバノン氏の「後悔・謝罪」発言の詳細を以下にご紹介する。内容的には実にお粗末なのだが、長いので全部は翻訳せず、概要のみ和訳してある。ご了承願いたい。
(トランプJRは愛国者で良い人物である)
Donald Trump, Jr. is both a patriot and a good man. He has been relentless in his advocacy for his father and the agenda that has helped turn our country around.”
(トランプ氏とその考え方に対する自分の支持は変わらない)
“My support is also unwavering for the president and his agenda — as I have shown daily in my national radio broadcasts, on the pages of Breitbart News and in speeches and appearances from Tokyo and Hong Kong to Arizona and Alabama.”
(自分はトランプ主義を世界に広めようとしている唯一の人間だ)
“President Trump was the only candidate that could have taken on and defeated the Clinton apparatus. I am the only person to date to conduct a global effort to preach the message of Trump and Trumpism; and remain ready to stand in the breech for this president’s efforts to make America great again.”
(ロシアゲートに関する自分のコメントは海軍時代の経験に基づくものだ)
“My comments about the meeting with Russian nationals came from my life experiences as a Naval officer stationed aboard a destroyer whose main mission was to hunt Soviet submarines to my time at the Pentagon during the Reagan years when our focus was the defeat of ‘the evil empire’ and to making films about Reagan’s war against the Soviets and Hillary Clinton’s involvement in selling uranium to them.”
(自分の批判の対象はドナルドJRではなく、Pマナフォートに対するものだった)
“My comments were aimed at Paul Manafort, a seasoned campaign professional with experience and knowledge of how the Russians operate. He should have known they are duplicitous, cunning and not our friends. To reiterate, those comments were not aimed at Don Jr.“
(トランプ政権にロシアとの「共謀」問題は存在しない)
“Everything I have to say about the ridiculous nature of the Russian ‘collusion’ investigation I said on my 60 Minutes interview. There was no collusion and the investigation is a witch hunt.”
(ドナルドJRに対する不正確な報道への対応が遅れたことなどは遺憾に思う)
“I regret that my delay in responding to the inaccurate reporting regarding Don Jr has diverted attention from the president’s historical accomplishments in the first year of his presidency.”
敢えて長々と原文を引用したのは、他でもない。今もワシントンの住人がこの程度の低レベルコメントの応酬に一喜一憂していることを、読者の皆さんに知ってもらいたいからだ。バノンは本での発言自体を否定していない。トランプ陣営も和解の可能性については沈黙している。これで米国政治がまともに機能するはずはない。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。今年も、いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真)スティーブン・バノン元米大統領首席戦略官兼上級顧問
出典)flickr:photo by Michael Vadon
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。