[神津多可思]日本で経常収支が赤字になると、海外から借りた資金はいったい何に使われるのか?

神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)
日本の経常収支はもう長い間黒字を保っているが、昨年は黒字がわずか3兆円程度になって、経常赤字に陥るのも近いという予想さえ出てきた。
その経常収支赤字を巡って賛否両論が聞かれる。赤字の状態は、国内で生み出した所得以上に支出していること意味する。所得以上に支出するためには、海外から資金を借りなければならない。したがって、経常収支赤字になると困ると言うのは、海外から借金をして国内で支出することが問題だと言っているのと同じことになる。
一般に借金が悪いことかというと、必ずしもそうではない。私達の日常生活でも、借金ができるからこそ自動車や家が買える。ただ、重要なのは返済が大前提であることであり、そうでなければ、もともと金融取引そのものが成立しない。一国経済が全体として海外から借金をする場合でも、その返済の実行が確実なら問題はない。
それでは、今の日本で経常収支が赤字になった場合、海外から借りた資金はいったい何に使われるのだろうか。
現実には多種多様な経済活動があるが、それらを分かりやすくとらえるため、しばしば国内を家計、企業、政府の3部門に整理して考える。このうち、現在、膨大な借金が必要なのは、言うまでもなく政府だ。したがって、日本の経常収支の赤字化は、政府が海外からも借金をする、即ち海外の投資家にもこれまで以上に日本国債を買ってもらうことを意味する。
こう考えると、経常収支の赤字が困るという主張は、今の日本の財政状況からすれば、とても海外の投資家にこれ以上国債を買ってもらえそうもないので、そうならないようにしたほうが良いと言っていることにもなる。
一方、経常収支が赤字でも問題はないという主張は、普通は返済能力があると認められて借金ができるわけであるから、借金そのものが悪だということにはならないという一般論になる。基軸通貨国の米国は、もう30年も経常収支赤字を続けている。その例からすれば、経常収支赤字でも問題ないとの主張にも説得力がある。しかし、日本において、財政再建の展望が立たたぬまま財政赤字がさらに拡大し、その下で経常収支が赤字化するのが、米国と同じで大丈夫とはとうてい言えない。
もっとも、国債発行をこれまで以上に海外投資家に頼るようになると、より厳しい金融市場からの規律付けが働くようになる可能性が高い。つまり、返す当てのない人は高い金利でしか借りることができなくなるということだ。
こうして考えてみると、経常赤字は困ると言っている人は、実は財政再建がすぐにはできそうもないので、今のような問題先送りのぬるま湯状況がもう少し続いた方が良いと主張していることにもなる。
一方、経常赤字でも問題ないと言っている人は、そうなれば財政規律を回復させざるを得ないので、その方が望ましいと思っているのかもしれない。
これからの日本にとって、果たしてどちらのほうが困ったことなのだろうか。
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