[神津多可思]<米国経済が抱える難問>実体経済の無視できない構造変化の中で、いかに金融経済を適切に制御するか?
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)
今年に入って米国の長期金利は低下している。一方で、連邦準備制度(FRB)は市場から毎月買い入れる債券の額を淡々と削減しており、金融市場は今年中に量的緩和が終了することを完全に織り込んでいる。
金融政策が非常に緩やかとは言え引締め方向に動いている時に、昨年、一時3%台にまで上昇した長期金利が、その後再び2%台半ばに低下しているのはなぜなのだろうか。その動きが示唆するのは、金融市場が米国経済のこれからの姿をいろいろと思い悩みながら模索している姿だ。
それはFRB自身も同様だ。今後の金融政策のあり方を巡るイェレン議長ほか幹部の発言も微妙に変化している。判断が難しいポイントの1つは、労働需給とインフレ率の関係をどう考えるかだ。米国の労働需給は全体としては順調に改善しており、そのテンポは1年前の期待を上回っている。
一方で、長期失業のレベルはなお高く、職探しを諦めてしまった人もたくさんいる。それが失業率の改善にも反映している。
そうした労働市場の変化が構造的なものなら、過去の経験に照らして表面上の失業率から今後のインフレ圧力を評価すれば良い。しかし、長期的に失業している人がこれから実効的な労働供給に変わっていくのであれば、インフレ圧力はさほど強くならないことになる。量的緩和終了後、どのようなピッチで政策金利を上げていくかを判断する際には、このどちらの見方に立つかが決定的に重要になる。
同じような論点は、今後の米国経済の長期的な成長率をどうみるかについても存在する。ちょうど一度上昇した長期金利が低下する局面で、しばしば「長期停滞」ということが言われてきた。
その原因をどこに求めるかは論者によって少しずつ違うが、要するに①富の集中、②グローバル化の影響、③高齢化が進む人口動態などを背景に、今後、構造的に米国経済の成長率が低くなるという主張がなされている。
そうであるなら、過去の経験に基づいて、いくつかの経済指標から当面のインフレ圧力を評価することにはリスクがある。金融を緩和気味にしても、経済の過熱は起こらない可能性があるからだ。もっとも、本当にそのような構造変化が起きているかどうかについてはまだいろいろな見方があるから、「長期停滞」を前提として金融政策を運営するのも難しい。
他方で、リーマン・ショック後の5年余の間に世界経済全体で積極的な景気下支え策が採られたことも手伝って、グローバル金融市場には膨大な金融資産が蓄積されている。その資金が少しでも有利な運用機会を必死に模索している。
そのような状況で、一定期間以上安定した金融環境が続けば、それはまた何らかのバブルにつながるのではないかという懸念もある。日本がバブルになる前も、アメリカの住宅バブルの前も、「金融市場の安定は当分続く」との安心感が蔓延していた。
確かに、どの先進国をとっても、今日、マクロ経済において金融面が実体面に比べ著しく拡大している。それには、経済の金融仲介機能の向上を通じたプラスの面もある。
例えば、昔であればお金を借りることができなかった者も、リスク計量技術の発達によって適正な金利を払えばお金を借りることができるようになっている。しかし他方で、元々は実体経済の都合から生まれた金融経済が、独自の理屈で動くようになり、実体経済に害をなすということも頻繁に起こるようになった。バブルはその典型だ。
そのような金融経済の適切な制御という難問を一方で抱えながら、実体経済においても無視し得ない構造変化が起きている可能性があるというのが今日の米国経済だ。そうした事情は日本経済も決して埒外ではない。米FRBも日銀も、マクロ経済の新しいバランスがどの辺にあるのか、その当面の落ち着きどころがはっきりしない中で、今後の金融政策の舵取りをしていかなければならないのである。
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