[Japan In-depthニコ生公式放送リポート]イラクが危ない!中東で今何が起きているのか。
Japan In-Depth編集部|Japan In-depthチャンネル 2014年6月21日(土)放送
国際テロ組織アルカイダ系のイスラム教スンニ派武装勢力ISISが、6月10日にイラク北部の主要都市モスルを制圧、侵攻を続けている。イラクではISISとイラク軍の戦いが激化し、内戦状態となっている。しかし、日本ではイラク情勢は殆ど報道されていない。日本から遠く離れた中東情勢は本当に日本には影響のない問題なのだろうか。
かつて自動車会社に勤務し、中東のビジネスに携わっていたこともある安倍宏行編集長は日本人の中東情勢への無関心に危機意識を持ち、本番組でこの問題を取り上げた。イラク公使を務めたこともあり、中東情勢のスペシャリストである外交政策研究所代表の宮家邦彦氏を招き、解説してもらった。
そもそも現在イラクで侵攻を続けているISISとは一体どういった組織なのか。ISISとは「イラクとシャーム(大シリアの意)のイスラム国家」という「国」の樹立を目指す集団で、もともとイラクのスンニ派のアルカイダ系の人たちによって作られた組織だ。
「この組織は単なるテロリストではない」と宮家氏は話す。
その理由として
- 訓練を受けていて、強いということ
- スンニ派の部族の支援を受けているということ
- イスラム国家を作ることを目標としており、秩序を保とうとしているということ
を挙げ、今までのテロ組織とは違う新手の集団であると語った。
次に現在のイラクの勢力図について、地図を見ながら解説してもらった。北部西側はスンニ派、北部東側はクルド人、バグダッド以南をシーア派勢力が支配している。サダム・フセインがいなくなり、米軍が撤退したことでイラク国内には力の空白が生まれ、それを埋めようとして三つの勢力がそれぞれ動き出している。「つまりイラク内部で戦国時代が始まっている」と宮家氏は語った。そして今、シーア派が大半の地域を支配している状況に、他民族は利益の再分配を求めており、それにISISがうまく乗って侵攻を続けていると分析した。
では、首都バグダッド陥落の可能性はあるのか。「ないとは言えないが、バグダッドには様々な派閥、民族が集まっているから、簡単にISISに降伏するとは考えにくい」との見解を宮家氏は示した。「それにも関わらず周囲が懸念しているのは、イラクのマリキ首相が不人気であることに原因がある。シーア派のマリキ首相はスンニ派への配慮がなく、アメリカも万が一のケースを心配している」と懸念を示した。
2011年末にアメリカ軍はイラクから完全撤退したが、オバマ大統領はイラクへの軍隊派遣は今でも必要ないと考えているのだろうか。アメリカが介入してISISを抑えようとした場合、スンニ派は「またアメリカが介入してきた」と反発し、対アメリカのテロが頻発する可能性があるため、アメリカとしてはなるべくどちらの味方にもつきたくないという。今回は軍事顧問団をイラクへ派遣し、イラク軍の支援をしながら次の措置を待つという選択をとった。中間選挙を控え、「中東で戦争をしない大統領」という姿勢を崩すことは出来ず、アメリカも大胆な介入には踏み切れないと宮家氏は見る。
イラクは世界有数の産油国である。中東の石油に83.2%を頼っている日本に、どのような影響が出るのかは大変興味深い問題である。「現時点で既にガソリンの価格は高騰しているし、今後ますます上がることが予想されるが、スイング・プロデューサー(市場の原油需給を見て生産量を調整する産油国の事。サウジアラビアなどがそれにあたる)の力もあり、オイルショックほどの混乱にはならないだろう」と宮家氏は分析した。
とはいえ、この問題は単なる石油だけの問題ではなく、多方面に影響を及ぼす可能性がある。たとえば、シーア派国のイランがこの問題でアメリカに協力してもよいという姿勢を見せている。両国にとって「マリキ政権の安定」は共通の利益である。この問題を機に、イランの核兵器問題にも進展が見られるかもしれない。これは両国にとって、そして国際政治にとって大変な転換である。
マリキ政権がイラクを統一できず、ISISが侵攻を続け、アメリカもなかなか手を出せないという状況が続けば、泥沼化の可能性も出てくる。イラクのアメリカ大使館は何千人という外国人を避難させなければならなくなる。止むを得ず、空爆に踏み切るかもしれない。この問題はありとあらゆる可能性をはらんでおり、米国や欧州では大変注目され、危惧されている問題だが、日本政府は何のコメントも出していない。日本人ももっとイスラム諸国に関心を持ち、この問題を見守るべき、との提言で番組は終了した。
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