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スポーツ  投稿日:2022/2/10

スマイルジャパン快進撃を支える人々 今こそアイスホッケーの面白さを知ってもらう時だ


神津伸子(ジャーナリスト・元産経新聞記者)

【まとめ】

・女子日本代表アイスホッケーチーム、通称スマイルジャパンの快進撃は続き、リーグ戦トップ通過した。

・ソチ、平昌五輪と茨の道を歩んできたチームを、多くの人間が支えて来た。

スマイルジャパン、アイスホッケーを応援する輪が今まで興味を持たなかった人々にも広がっている。

 

「ハナさん(久保英恵選手)のPS(ペナルティーシュート)さすがでした!ギリギリでしたが、皆の気持ちが乗っかって押し切ったイメージでした」

と、熱く語るのはソチ、平昌五輪のオリンピアン中村亜実さん。かつてのチームメイトのチェコ戦勝利に、泣いた。

スマイルジャパンはこの試合に勝ち、3勝1敗でリーグ1位抜けを決めた。

中村さんは現在、選手生活にピリオドを打ち、日々、会社員として勤務しながら、日本アイスホッケー連盟(以下日ア連)理事、強化委員会副委員長も務める。

▲写真 応援メッセージを送る中村さん、三浦さん、日光アイスバックスの井上光明選手ら (写真提供:日ア連アスリート委員会)

■ どんどん広がる応援の輪

そんな中村さん、引退して初めて、冬季五輪を外から応援する側になり、改めて五輪の場の凄さと尊さを感じている。会社の同僚や他の社員も「勇気もらえる」と、声援を送ってくれるという。

同じく、かつてない周囲の応援に気づいているのは、長野オリンピアンで日ア連育成委員とアスリート委員会委員、法政大学と東京女子体育大学コーチの三浦孝之さんだ。長男の優希選手はアメリカ武者修行中で最高峰のNHL(ナショナルホッケーリーグ)を目指している。その優希選手はかつて東大和ジュニアチームで床秦留可選手とセットを組んでいて、2人でチームの得点源として大活躍していた。

普段はアイスホッケーの、話題などで一切出ない三浦さんの職場だが、今は朝出社すると

「スマイルいい試合でした!」

「日本強いね!」

「何で(延長戦は)3対3なの?」

「PSって入らないね!」

「床さんって西武O Bだよね!」

などと、矢継ぎ早に声がかかる。

テレビ放映でゴールデンタイムにアイスホッケーが入って、人々の話題をさらっている現状に

「何と素晴らしい光景!24年前の長野五輪からこれほどアイスホッケーが脚光を浴びたことがあっただろうか!?

アイスホッケー界にいる者に取って、本当にありがとうと言いたい状況です!」と、目を輝かす。

スマイルジャパンは毎試合アイスホッケーの魅力の全てを出して、素晴らしいチームワークで、接戦を勝ち抜いているからこそ、多くの人々を惹きつけていると、三浦さんは人気を分析する。

「もう私たちは十分に堪能したので、これからの準々決勝は、自分たちのためにスマイルらしく明るく楽しく戦って欲しい。人生に何回もない素敵な瞬間!」とも。

意外なところでは、東京都港区の名門男子校の芝中学校・芝高等学校のOBの間でも、応援フィーバーが沸き上がっている。ベテランフォワード(以下FW)の米山知奈選手の父、清司さんが同校の卒業生。清司さんの同期からの応援の輪が、他の代の卒業生にも波及している。

同校の常務理事でもある野尻富太郎事務局長

「母校の後輩のお陰で、普段あまりアイスホッケーに関心がなかった我々OBの間でも、女子アイスホッケーの視聴率がぐんぐん上がっています」と、思わぬ応援の広がりを紹介してくれた。

▲写真 米山選手(写真左)への芝中学校・芝高等学校OBらからの声援が熱い。中央は大澤選手、右はDF鈴木世奈選手。3人は苫小牧東高校の同期でもある。平昌五輪最終予選勝利後。(筆者撮影)

■ スマイルジャパンの礎となった先輩たちの喜び

さて、その日本女子アイスホッケー代表の、ここまでの道のりは実に厳しかった。1998年長野五輪で主催国出場して惨敗してから一貫した強化策もなく、以降、ソルトレークシティ、トリノ、バンクーバー五輪予選を戦い抜いて来た。トリノ予選では後1点、バンクーバー予選ではあと1勝に泣いた。

その苦しい時代を主将などとして活躍した鈴木あゆみさん(旧姓・佐藤)も、当時に思いを馳せながら、スマイルジャパンの頑張りに目を細める。

「ソチや平昌のときより、得点力はすごく上がったなという印象。北京五輪の舞台に立てなかった選手や、悔しい思いをした時代のメンバーの分まで頑張っている代表選手たちの気持ちが充分すぎる位、伝わって来ます。ありがとうと心から伝えたいです」

鈴木さんは現在は仙台の女子アイスホッケーチーム『レディースラビッツ』のコーチ。「スマイルジャパンの活躍を見て、アイスホッケーに興味を持つ子どもたちが増えてくれたら」と願っている。

日本代表の前キャプテンの平野由佳さんは2011年の東日本大震災の後に、アイスホッケーの灯を消さないように東奔西走、尽力した一人だ。ソチ五輪に出場を果たしているが、後輩たちの頑張りに

「初の決勝トーナメント進出に、みんなのこれまでの努力、苦労を感じました。ここからが本番!これまでやってきたことに自信を持って、仲間と自分を信じて戦って欲しい。スマイルジャパンの笑顔を楽しみにしています」と、エールを送る。

同じく先輩の足立友里恵さんは、平昌五輪後引退、結婚して二児を設け、現在、ハンガリーのブタペストで生活を続けている。仲間の試合を生中継で観る事が出来ないので、実家の家族にzoomで放送映像を送って貰いながら、手に汗を握り続けている。中国との時差は7時間、日本とは8時間。

「鳥肌が立ちました。4年でこんなに強くなるなんて、本当に驚いています」

8日のチェコ戦の後、足立さんの父・英明さんは久保選手の実家に初めて電話をかけた。決勝PSを決め、勝利したお祝いを、父・章一さんに伝えるためだった。友里恵さんも「はなさんパパにzoomでお話して、『おめでとう』を言いました。沢山、久保家には連絡が来そうだったので一瞬で切りましたが!」と、嬉しいエピソードも教えてくれた。

友里恵さんは日本に戻ったら、アイスホッケーに関わる活動がしたいと考えている。

▲写真 エールを送るスマイルジャパンOGの中村さん(写真左)、足立さん。ソチ五輪壮行会にて(筆者撮影)

■ 家族の支えがあればこそ

こうした家族たちが選手を支える。

8日のテレビ中継に生出演した床亜矢可・秦留可姉妹の家族は、チェコ戦の勝利が決まった瞬間飛び上がり、父・泰則さん、母・栄子さん、姉妹の弟でU20日本代表の勇大可さんでハイタッチを交わした。

リモート出演が直ぐに再開されたので「すぐ切り替え、平静を装いました」と、栄子さん。

延長戦が始まるまでの60分間の試合中はひどく身体が硬直して、喉はカラカラ、ぶるぶる震えが来て、息が出来ないくらいに緊張していた。

が、延長に入りPSになったら、ぐっと落ち着いて応援出来るようになった。ゴーリーの藤本那菜選手とエース久保選手への絶対的信頼感があったからだと、笑う。テレビ中継では栄子さんの目に光るものが映し出されていた。

父・泰則さんの影響でホッケーを始めた姉妹は、今回も大活躍だ。

▲写真 今回の北京五輪でも大活躍の床姉妹。姉の床亜矢可(右)、妹の床秦留可(左)。ファミリーもテレビデビュー。平昌五輪選手発表記者会見にて。(筆者撮影)

同じく父の背中を見てプレーを始めた主将、大澤ちほ選手の北海道の実家でも、家族が死闘を見守っていた。

「本当に疲れました」と、母・未来子さん。父・広利さんは「まずは目標クリア。世界の2強と当たらない準々決勝に進めたのは、良かったと思います。何処まで出来るかわかりませんが、best4目指して頑張って欲しいです」と、冷静なかつての選手時代の目を忘れない。

そんな父親たちの指導を受け、娘たちは大きく花開いていく。

■ 指導者の思い、そして未来へ

泣いたと言えば、平昌五輪までチームに帯同していた山家正尚パーソナルメンタルコーチも今回のスマイルジャパンの活躍に、感動の涙を流した一人だ。

試合そのものを現在は1ファンとして見ているが、職業柄気になるのは、心理状態が現れる、選手やスタッフの何気ない仕草や表情。

本大会の皆の様子を見ていると、ほとんど動じる事はなく、終始一貫した強い意志が見られ、不利な場面でも怯む様子は微塵も感じられないという。

山家さんはスマイルジャパンが勝っていようが負けていようが、60分間、今この瞬間、自分たちがやるべきことに最大限集中することが出来ているように感じている。

「前回に比べ、メダルを取ることに関して、射程圏内にあることが腹落ちできているため、集中しやすい環境が作られていると思う。また、チームの結束力もさらにアップしている。彼女達は、必ずやると思います。そういう人たちです!」と、頼もしく彼女たちの背中を押す。

チェコ戦で決勝PSを決めた久保選手を含む女子代表を2003〜05年に指導した、現パラアイスホッケー日本代表監督の信田憲司さんも、チェコ戦には感動したと話す。ソチから一つ一つ課題をクリアしてチーム力を上げて行った選手、指導者を褒める。

特にゴーリーの藤本選手のプレー。GWS(ゴールウィニングショット)に注目が集まっているが、オーバータイム終了寸前のバックドアから打たれたシュートを最後まで集中してよく止めたと分析。

久保選手に関しては、「ハナはやっぱり持っていますね。彼女は得点力もあるが、海外選手の強いシュートを身体を張ってブロックする強い気持ちがあります。どの大会でも終わった時には傷だらけ。魅力の一つはシュートの正確性。フィンランド戦でアタッキングゾーン右側のフェイスオフからハナへ繋がって、そこからのワンタイムシュートに期待したいと思っている」

フィンランド戦は守る時間が長くなり、チーム全員でゴールを守り、パワープレーで得点を取りに行く展開になるのではないかと予想する。

とにかく、今、アイスホッケーはこのように大きな注目を浴びている。

この千載一遇のチャンスに、日ア連マーケティング広報委員会村上量委員長は「日本ではマイナースポーツと言われてきたアイスホッケーですが、スマイルジャパンの活躍で、どのチャンネル、ネットニュースを見ても取り上げられている。初めてアイスホッケーを観た人たちが、こんなにエキサイティングなスポーツってあったんだと、口々に言っている。

今は小さな火かも知れないが、その火種を絶やさず大きな炎にしていくのが私たちの仕事。こちらも本気で頑張るので応援して下さい。

全国の子供たちがホッケーを始め、次代のスマイルジャパンになる日を夢見て」と、前を向く。

トップ写真:世界ランキング6位のアイスホッケー女子日本代表「スマイルジャパン」は2月8日、北京五輪1次リーグB組第4戦で同7位のチェコと対戦。女子予選ラウンドグループBの試合は延長戦で決着がつかず、シュートアウトまでもつれ込み、チームチェコ共和国に勝利。歓喜する選手達。史上初の決勝トーナメント進出を決めた。(2022年2月8日中国・北京) 出典:Photo by Bruce Bennett/Getty Images




この記事を書いた人
神津伸子ジャーナリスト・元産経新聞記者

1983年慶應義塾大学文学部卒業。同年4月シャープ株式会社入社東京広報室勤務。1987年2月産経新聞社入社。多摩支局、社会部、文化部取材記者として活動。警視庁方面担当、遊軍、気象庁記者クラブ、演劇記者会などに所属。1994年にカナダ・トロントに移り住む。フリーランスとして独立。朝日新聞出版「AERA」にて「女子アイスホッケー・スマイルJAPAN」「CAP女子増殖中」「アイスホッケー日本女子ソチ五輪代表床亜矢可選手インタビュー」「SAYONARA国立競技場}」など取材・執筆

神津伸子

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