[小泉悠] 【ウクライナ停戦の現実味は?】
小泉悠(未来工学研究所客員研究員)
9月5日、ベラルーシのミンスクで行われた会合において、ウクライナ政府と親露派武装勢力とによる停戦合意が成立した。ウクライナにおける停戦の試みは5月にもあったが、この際は10日ほどで戦闘が再開してしまっている。だが、今回の停戦合意はウクライナ政府が親露派武装勢力を交渉相手として認めて結んだ初めての合意であり、この点で大きな期待が持たれているのだ。
実際、ウクライナ政府と親露派武装勢力の間では、拘束されていた捕虜同士の交換が6日から始まったほか、各所で戦闘が停止されている模様である。だが、これがウクライナ問題の解決にまで至るかどうかと言えば、依然として前途は多難だ。
第1に、今回の停戦合意がどこまで遵守されるかという問題がある。停戦合意成立後も依然として散発的な戦闘は続いている模様で、このままなし崩しに戦闘が再開してしまえば元も子もない。しかも、親露派武装勢力にしてみれば、停戦直前にはウクライナ政府軍に対して軍事的優位を獲得しつつあったわけであるから、ここで停戦など論外だと考える勢力が居てもおかしくはない(さらに親露派武装勢力がどこまで統一的に統率されているかには大いに疑問がある)。
第2に、仮に一時停戦が実現できた場合、これをより持続的な安定化プロセスへと発展させる必要がある。これにはウクライナ領内へ展開していると言われるロシア軍の撤退や、親露派武装勢力の武装解除などが必要となろうが、そもそもロシア政府はロシア軍の介入を認めておらず、親露派も簡単には武装解除には応じそうもない。
このため、仮にウクライナで「停戦」が実現したとしても、それはイスラエルとパレスチナのそれのような−−−外国の後押しを受けた武装勢力と正規軍とがにらみ合いを続けるような「停戦」になるのではないか、といった暗い見方もある。
そして第3の問題は、ウクライナという国の形をどのように描き、復興へと繋げるかであるが、ここにも大変に難しい問題がある。ウクライナ政府はNATO入りを念頭に中立政策の変更を決定し(一般に誤解があるようだが、そもそもEU加盟は極めてハードルが高く、まずウクライナが目指しているのはNATO加盟である)、親西欧路線を継続する構えだ。
しかし、これはロシアにとって絶対に阻止したいシナリオであり、ウクライナがこのような路線を貫く限り、危機もまた継続する可能性が高い。これに対してロシアが推しているのが「連邦化」だが、これにも問題が多い。というのも、ロシアの言う「連邦化」は東部諸州に外交権や独自の軍の保有まで認めるという内容であると考えられ、こうなると連邦というより事実上の国家分裂である。
モルドヴァにおける沿ドニエストルや、グルジアにおけるアブハジア及び南オセチアはまさにこのようなパターンで本国から分離独立している地域であり、これが障害となってNATO入りを果たせていない。ロシアがバックアップする反政府組織を国内に抱えている国をNATOに加盟させた場合、NATO諸国はロシアに対する集団防衛措置を発動しなければならなくなってしまうためだ。
ロシアがウクライナにおいても同様のシナリオを狙っている可能性は、高い(しかもロシアは沿ドニエストルの軍人や官僚らをウクライナ東部へと送り込んでおり、分離独立地域の統治経験が豊富な彼らを使って東部の独立を既成事実化しようとしていると見られる)。
いずれにしても、ウクライナの今後はまず、当面の停戦をどれだけ厳格に履行できるかどうかに掛かっている。厳しい冬を前に一刻も早く戦闘を停止させ、人道的危機の拡大を防ぐことに期待したい。
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