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.政治  投稿日:2014/12/9

[神津多可思]【日銀の苦悩:インフレ・ターゲット】~インフレ期待の安定による経済成長実現の難しさ~


神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)

「神津多可思の金融経済を読む」

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インフレ・ターゲット:インフレ率の長期的な目標を設定し、その実現を目指して金融政策を行う。これが今日の主要先進国の中央銀行に共通したファッションとなっている。

2008年以降の世界的な金融危機を経験する中で、先進国の中央銀行はゼロ金利政策に踏み切り、さらに量的緩和といった非伝統的金融政策に踏み切った。過去に経験もなく、その効果も今一つはっきりしない非伝統的金融政策に対しては、将来にどのような禍根を残すか分からないという不安の声もあった。しかし、このインフレ・ターゲットが明確にあったことが、その不安を払拭したということも言える。中央銀行が自らコミットしたインフレ・ターゲットであるから、それが脅かされそうになったら、すなわちインフレ率が目標を上回りそうになったら、必ず必要な措置が採られると期待できるからだ。

現在、米国、欧州、日本におけるインフレ・ターゲットは、消費者が直面する物価で前年比2%程度というところでそろっている。日本のように久しく2%のインフレを経験していない経済でも、名目の為替レートを安定させたいのであれば、他の主要国と同程度のインフレ率が目指されているほうがいい。長い目でみると、同じモノの価格はどの国でも大きくは違わないよう為替レートの変動により調整される傾向があるからだ。その場合、インフレ率の低い国の通貨には常に切り上げ圧力が作用する。

ところで、この先進国の中央銀行に共通なインフレ・ターゲットには、厳密にはいつも「柔軟な(flexible)」という形容詞がつく。金融政策では制御できない要因、たとえば原油価格の下落などにより、短期的に実際のインフレ率がインフレ・ターゲット以下に低下するケースも考えられる。その時、もし自国の経済が上向きで、国内の需給要因により再びインフレ率が上昇してくると予想されるなら、一段の緩和措置を採ったのではやり過ぎになるかもしれない。したがって、それを説明した上で、一時的なインフレ率低下を許容するということもあり得る。

逆に、現実のインフレ率がインフレ・ターゲット以下でも、資産価格が実体経済から乖離して上昇しており、それが将来のバブルに繋がる恐れがあるケースも考えられる。その際には、将来時点でバブルの結果としてインフレ・ターゲットを上回るインフレ率となる可能性が高いと説明して、金融引き締めを行うことも考えられる。

このように、柔軟なインフレ・ターゲットは、常に機械的にあるいは固定的に2%のインフレ率を実現しようとするものではない。長期的なインフレ期待を安定させ、その下でできるだけ高い経済成長率を実現しようとするものなのである。

さて、今日の日本では、日銀の異次元緩和の下で、「2年で2%」のインフレ率が目指されてきた。期待インフレ率を測る手法はいくつかあるが、どれでみても日本のインフレ期待は1990年代以降、20年余りをかけてゆっくり低下してきた。それを、2年で2%にまで引き上げようというのであるから、潜水艦で言えば急速浮上である。デフレ期待の払拭にはそれほどに鮮烈なメッセージが必要という判断だろう。

その一方で、柔軟なインフレ・ターゲットの考え方からすれば、中央銀行が制御できない要因で一時的にインフレ圧力が低下しても、国内経済の要因からそれが次第に解消していくと予想される場合には、一段の緩和措置を採らないというオプションもあり得る。もともと急速浮上なのだから、水面から飛び出してしまうぐらいの勢いがつく。その点は金融市場も分かるはずだ。しかし一方で、せっかく払拭されようとしているデフレ・マインドの復活も今の日本では心配だ。したがって、結局はバランスの問題になる。実際、今年10月末の追加緩和を決めた日銀の金融政策決定会合の議事要旨からも、そのバランスの難しさが読み取れるように思う。

最終的に重要なのは、長期的なインフレ期待を安定させ、持続可能な最大経済成長を実現することだ。日銀法第2条でも、日銀の金融政策は、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」とある。現在の、そして将来の日銀がどのようなアクションを採れば、その理念の実現につながるのか。それが問われ続けている。

 

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