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.国際  投稿日:2015/1/11

[古森義久] 【40年の時を経て幻の邦画公開】~ベトナム戦争終結40周年を機に~


古森義久(ジャーナリスト/国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

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2015年はベトナム戦争の終わりから40年目を刻むこととなる。その記念日を画するかのようにベトナム戦争の末期に現地で撮影された異色の日本映画が日本で初めて公開された。いわば幻のベトナム映画の登場である。

『ナンバーテンブルース さらばサイゴン』(長田紀生監督 網野鉦一製作)と題するこの映画はベトナム戦争の最終期の1975年1月から4月にかけて、当時の南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン市)など各地で撮影された。

当時の南ベトナムでは米軍がすでに2年も前に完全撤退し、北ベトナム軍の南への大攻勢が始まっていた。ソ連と中国の全面支援を受けた北ベトナム軍は同年4月30日にサイゴンを攻略し、南全土を制圧した。

この映画は日本企業の現地駐在員(川津祐介)が事故まがいの殺人事件を起こし、恋人のベトナム人歌手(タン・ラン)と必死の逃亡を図るというアクション作品で、ベトナム戦争の是非など政治性には気持ちのよいほど背を向けていた。

だが北ベトナムの共産主義支配にタガをはめられる前の南ベトナムの腐敗混乱ながら自由奔放な社会や人間が生き生きと描かれ、そんなベトナムからみての高度成長の日本の経済アニマルぶりが活写されていた。現地では当時、戦闘が激しくなり、各地でのロケは危険をきわめ、後半は予定を早めて、撮影班はサイゴン陥落の直前に国外に出るほどだった。

筆者(古森)も当時のサイゴンに毎日新聞特派員として駐在しており、監督の長田氏や主演の川津氏とも面会した。当時は「なぜまたこの危険の戦況下で?」といぶかったものだった。だが結果としてこの撮影のタイミングが期せずして作品のユニークな資料性を高めることとなった。

こうした異色の映画『ナンバーテンブルース さらばサイゴン』は1975年に完成したが、当時の複雑な政治や財政などの理由から公開にはいたらなかった。単に保管という状態が30年以上も続いたため、「幻のベトナム戦争映画」とも呼ばれてきた。

それが種々の事情の変化でサイゴン陥落によるベトナム戦争終結から40周年が近づいた2013年からロッテルダム国際映画祭など各種の国際映画コンクールに招かれ、国際的な上映が始まった。続いて2014年後半からは日本の一部映画館でも上映されるようになった。

今回はこの1月10日、渋谷の劇場アップリンクでこの作品が上映された。終了後には長田紀生監督がトークショーという形で観客に語りかけ、この作品の意味などについて語った。同作品は2015年のベトナム戦争終結40周年で語られる、あの戦争の光と影を考える際には異色の貴重な指針になる映画だといえよう。

 

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