[岩田太郎]【仏テロ・米で甦るボストン・テロの記憶】~言論の抑圧者はむしろ欧米との声も~
岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
フランスの首都パリで起きた『シャルリ・エブド』誌の襲撃事件は、米国にも大きな衝撃をもたらした。特に震撼したのが、2013年4月15日のマラソン爆弾テロ事件で3人が死亡、282人が負傷した都市、ボストンだ。
この2つの事件は、類似点が多い。背景に「アラビア半島のアルカイダ」が絡み、「2人の若い地元育ちのイスラム過激派移民兄弟」が襲撃を行い、「全市を挙げた追跡捜査網」が敷かれた点が似通っているからだ。マサチューセッツ州選出のウィリアム・キーティング下院議員は、「まるであの事件を再び体験している感じだ」と述べた。
一方、共和党など保守派は、「こんな事件が起きても、オバマ大統領はキューバの米軍グアンタナモ湾収容所を閉鎖し、(再犯の恐れがないとされる)テロリストを釈放し続けるつもりか」、「このテロは、言論の自由だけでなく、イスラム世界の西洋文明そのものへの攻撃だ」として、オバマ政権を突き上げている。
これに対し、フランスに縁の深いケリー国務長官が「パリのテロの犠牲者は『自由の殉教者』だ」と発言し、意図せずして「イスラム世界の攻撃の犠牲になるキリスト教世界の西洋」という、歴史的な言説を蒸し返した。
こうしたなか、襲撃から立ち上がり、500万部まで増刷された『シャルリ・エブド』誌の最新号が、米国の書店にも空輸されてバカ売れしている。売り切れで読めない人のために、同誌を閲覧できるスマホアプリも大人気だ。「言論の自由を守る」同誌への支持は、米国で高まっている。
これに水を差したのが、1月14日の仏当局による反ユダヤ風刺芸人デュドネ氏の身柄拘束だ。同氏はフェイスブックに、「俺はシャルリ・クリバリのような気分だ」(注1)と書き込み、テロ実行犯を擁護する「ヘイトスピーチ」を行ったとして、「テロ礼賛行為」の疑いで、別の53人の容疑者とともに裁かれる。
自身がユダヤ人である米評論家のリオニド・バーシドスキー氏は、「反ユダヤのデュドネ氏は好きではない。しかし、反ユダヤの芸人より、人々の『ヘイトスピーチ』や『テロ擁護』を理由に、言論そのものを抑圧するバルス仏首相のような人の方が、もっと恐ろしい」と切り捨てた。
また、仏全土で370万人が参加したとされる、表現の自由を訴える大行進が、自国の言論を抑圧するバルス首相などの国家指導者たちによって先導されたことに対し、米国では矛盾を指摘する声が噴出している。
米当局による市民の監視を暴いたエドワード・スノーデン氏の主張を紹介し続けることで知られる米ジャーナリストのグレン・グリーンウォルド氏は、「欧米に住むイスラム教徒が複数、政治的発言のために投獄されている」と指摘。「多くの西洋人にとって言論の自由とは、『俺の好きな考えは何があっても守られるべきで、俺の嫌いな人たちの気を悪くする権利は尊重されるべきだが、他のグループに属する人たちの権利はどうでもよい』という意味だ」と皮肉った。
翻って、米国ではアカデミー賞候補作品が、米国時間の1月15日に発表される。反日ではないが、日本人を残虐な者として描いた映画『アンブロークン』も、ノミネート間違いなしと予想される。もし、来る2月22日に『アンブロークン』が実際に受賞したら、日本はどのように反応すべきか。まず、欧米や中韓に口実を与えないため、慌ててはいけない。
筆者が以前シリーズ批評で書いたとおり、この「壊れた(ブロークン)米国」からの現実逃避作品を、米国の拷問や警察の黒人市民殺害の現実を見据えた上で、白人観客やアンジェリーナ・ジョリー監督のアリバイ作りとして、より大きな観点から捉えよう。
日本での公開を求め、作品の良いところも含め、冷静に批評することが、相手の「壊れた」醜い現実を際立たせる。欧米の一方的な「言論の自由」の論理に対抗するには、相手の矛盾を静かに指摘し、自滅してもらうのが一番なのだ。
(注1)シャルリ・クリバリ
銃撃された仏・風刺紙「シャルリ・エブド」と事件の容疑者、アメディ・クリバリ容疑者(死亡)の姓を組み合わせて、デュドネ氏が、架空の名前としたもの。テロ実行犯への共感を示したとの批判を浴びた。
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