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.社会  投稿日:2013/12/6

[中野香織]フラットフォーム・シューズ:厚いソールに平たいソウル


中野香織(明治大学 特任教授/エッセイスト)

執筆記事FacebookBlog

 

なにやら女性の背が高くなっているなあと思ったら、足元ですね。厚いソール。パンプルにもブーツにもスニーカーにも、7~8センチの分厚い底がついています。厚底靴なら90年代にも岩石靴と呼ばれた流行がありましたし、70年代にも世界の都市部で大流行しています。しかし、現在普及する厚底とは、漂うムードが微妙に違います。

厚底靴は英語でplatform shoes(プラットフォーム・シューズ)と呼ばれ、古代ギリシアから存在します。16世紀のヴェネツィアでは、高級娼婦が50センチほど身長を底上げするツールを用いて、靴をその上に装備していたようです。18世紀の女性も厚底をはきましたが、これは道路の汚れ(まだトイレの設備など行き届いていなかった時代ですので、正確には、窓から降ってくる汚物ですね)からドレスの裾を守るためのものでもあったようです。

日本の高級娼婦こと花魁も高下駄をはきました。やはり足元が地面から必要以上に浮遊していると、歩くときに下半身により多くのエネルギーと意識を注がねばならないので、そこはかとなくエロチシズムが漂うのですね。セックスアピールと緊張を強いる靴とは、切っても切れない関係にあります。

近代のプラットフォームとして有名なのは、1930年代のフェラガモのサンダル。革不足の時代、コルクで代用してソールを作るという、窮地におけるぎりぎりの発想が、カラフルなコルクのソールというアートピースを生みました。70年代には、ディスコ・ブーツ。ベルボトムのズボンとともに履かれたプラットフォームには、時代の風とともにあるような青くさい気取りがあったように思います。90年代のプラットフォームの象徴は、ヴィヴィアン・ウエストウッドの「スーパー・エレヴェイテッド・ギリー」。スーパーモデルのナオミ・キャンベルがこれを履いてこけたことで有名になりましたが、ヴィヴィアンの靴ほど極端ではない厚底でも、ムリなものを履きこなしてる感が好ましかったものです。

30年代、70年代、90年代。そして今。経済的にあまりよろしくない時代に底上げ靴がきていますね。せめて気持ちの上で浮遊したい、上昇したいという願望の表れでしょうか。折しもアメリカでは「世界一高いビル」競争。グラウンド・ゼロに建設中の「世界一高いビル」は、ただ無意味な突起をくっつけて「ほかより高く」しています。ビルの高さを競う建設者は厚底靴着用者を笑えません。

gazou188話が飛びました。これまでの厚底と現在の厚底の違いです。分厚いかまぼこの板の塊をはったような現在の厚底には、それ以前の厚底に見られるような、ぎりぎり感や緊張感やがんばってる感がほとんど見られません。

ヘアメイクも装いも、むしろゆるい。

人より抜きんでておしゃれに、という意識は皆無、むしろ、仲間と同じように、無難に厚底はいて、ラクして背を高く見せたい、という気分が流行を支えます。

ゆえにこの21世紀の厚底は、これまでのプラットフォームと区別して、フラットフォーム(flatform)と呼ばれています。

ひりつく野心は持たず、みなと同じでいると安心で、楽ちんに背が高く見えればそれでラッキー。手入れもされず、やや擦り切れた厚いソールには、そんな平たいソウルがちら見えすることがあるのです。

どうせなら、こんなの履いてみたい。友人でもある気鋭の靴デザイナー、串野真也の靴。

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【プロフィール】

gazou187中野香織(なかの・かおり)エッセイスト、明治大学国際日本学部特任教授。

東京大学大学院修了、英国ケンブリッジ大学客員研究員を経て、文筆業。フリーランスの服飾史家として活躍中の2008年、明治大学が国際日本学部を創設するにあたり、特任教授に就任。ファッション史から最新モードまで幅広い視野から研究・執筆・レクチャーをおこなう。ダンディズム、ジェントルマンシップ研究の代名詞。主な著書に『モードとエロスと資本』(集英社新書)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)、『愛されるモード』(中央公論新社)、『スーツの文化史』(『スーツの神話』(<文春新書>Kindle版)ほか多数。翻訳に『シャネル スタイルと人生』(文化出版局)ほか、『英和ファッション用語辞典』(研究社)の監修もおこなう。

 

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