【北欧で急速に普及した電子マネーの秘密】〜デンマークの「人を幸せにする仕組み」 3~
安岡美佳(コペンハーゲンIT大学 研究員)
デンマークには、独自のクレジットカード、ダンカード(DanKort)と呼ばれるデビットカードの仕組みがある。Visaやマスターカードが広がる前の1984年にデンマーク全土に導入されたこのカードマネーは、小切手市場の終焉を招いたと言われる。
それ以降、Visaカードやマスターカードなどのクレジットカードが導入し知名度を上げ現在にいたるが、デンマークでのカードというと、このダンカードを指すことが多く、デンマークでの生活には欠かせない。2015年にデンマーク住民の保有数が最も多いのはダンカードとVisaが提携しているDan/Visaカードと呼ばれるデビット・クレジットカードだろう。ただ、快進撃を続けてきたダンカードを脅かす存在が、この2年ほどの間に突如として現れた。モバイルペイである。
<デンマークの電子マネー、モバイルペイ>
世界中でApple Pay、Swipp、日本ではスイカなどの電子マネーが注目を集めているが、デンマークの電子マネーとして、注目を集めるのは、デンマーク独自の電子マネー、ダンスク銀行(Danske Bank)が提供するモバイルペイだ。モバイルペイは、ダンスク銀行に口座を持っていなくても利用できる電子マネーで、利用者が保有する銀行口座とリンクされている。デンマーク市場での競合は、多々あり、モバイルペイのほか、PayPal、Swipp、Apple Payなどがマーケットシェアを持っている。ただ、ダンスクバンクのモバイルペイが、2015年9月時点でもっとも顧客獲得に成功し、ほぼ寡占状態だ。
その様子は、2015年9月15日付日刊経済紙のボアセン(日経新聞のような位置付け)に掲載されていたデンマークのDIBS(支払い手続き業務などの請け負い大手)のレポートからもわかる。このレポートによると、アンケートに答えた者のうち、57%が実際に利用し、利用していないうちの33%もモバイルペイを知っていると答えている。次点のPayPalは同39%が利用し、その次のSwippに至っては利用者は14%に下がる。
使い方は簡単だ。自分のスマートフォンにアプリをダウンロードする。初期設定で、自分の携帯電話番号と銀行口座をリンクし、あとは、支払いの際に相手の電話番号宛に、金額を指定し「送金」ボタンを押すだけ。同じアプリを持っている人(モバイルペイの場合は、デンマークの銀行に口座を持ち、アプリをスマートフォンにダウンロードしていることが条件)間で、金銭授受が可能だ。1日の利用上限はデフォルトで約500DKK(約1万円)と決められているため(2015年9月現在、上限の引き上げが予定されている)、今のところは、大きな詐欺などの問題も報道されていない。
<なぜ急速に広がったか?>
2年ほど前に友人と食事に行った時に初めて「モバイルペイでもいい?」と聞かれて、それはなんだ?と思ったことを覚えている。ただ、使い始めてから、日常生活に必須のツールとなるまでに時間はかからなかった。使い始めのインストールのしやすさ、使い始めてからの使い勝手の良さ、また、利用者が多いこと(使える相手が多いこと)、相手の顔や会社名が送信前に確認できることでの安全性が確保されているなど、使い勝手の良さがトコトン追求されているのだ。この背景には、利用者中心手法を活用するデザイン戦略コンサルをダンスクバンクが活用したことも成功の鍵と評価されている。
このように、使い勝手の良さから、モバイルペイの利用は瞬く間に広がった。日常的に財布は持たなくてもスマホを持ち歩く現代社会人だ。デンマークでは、今までもダンカードの普及により、カードで用が足りてしまうケースが多かったが、少額決済には、機器設置などの課題もあり、やはり現金が利用されていた。モバイルペイは、その少額決済という決済取引の残りの数%に、攻勢をかけていると言えよう。
最近、デンマークのある市では、公共施設で現金決済が(ほぼ)廃止され、ダンスク銀行のモバイルペイが少額決済手段として公式に採用された。例えば、公共プールでの支払いが、カードかモバイルペイ支払いの選択肢のみになったということだ。また、個人間での利用はもとより、露天やフリーマーケット会場でも「モバイルペイOK」の張り紙を良く見かけるようになってきた。ふと見かけたフリーマーケットに欲しいものがあったけれども、現金の持ち合わせがないから買えない、そんなことはもう起こらない。財布を持たなくても、携帯を持たずに出かけることはほぼないから。
(この記事はシリーズものです。
【駐車場で“ポカ”を無くす工夫】~デンマークの「人を幸せにする仕組み」1
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トップ画像:フリーマーケットでも「モバイルペイ」使用可の表示が ©安岡美佳
文中画像:美容院でも「モバイルペイ」は使用可 ©安岡美佳