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.経済,ビジネス  投稿日:2016/1/22

【グローバル経済の「新しいノーマル」】~日本企業の活動こそ国際金融市場安定の材料に~


神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)

「神津多可思の金融経済を読む」

世界の金融市場が動揺している。グローバル経済の「新しいノーマル(新常態)」がどのようなものか、にわかに不確実性が意識され、さまざまなリスク回避の動きが続いている。世界的に株式が売られ、優良国債が買われ、安全な避難所として米ドルや日本円が買われている。

米国の金融政策がゼロ金利から脱却したことが影響しているとの指摘もある。しかし、グローバル経済の「新しいノーマル」が、主要国の政策金利がゼロであることを前提としているとは思えない。これまでに比べればかなり低血圧経済になる可能性はあるが、それでも一定の成長を続ける姿が否定されているわけではない。一定の成長が期待できるなら、さすがに政策金利もずっとゼロではないだろう。

むしろ今よく見えないのは、先進国経済と新興国経済のベクトルのすれ違いの先にあるグローバル経済の姿なのではないだろうか。先進国経済をみると、米国は、ゼロ金利解除にもみられるように、いち早く先の世界金融危機後の異常事態から抜け出した。日本では、まだ異次元緩和が続いているが、米国同様に不良債権の処理の重荷からは解放されている。この点欧州では、全体としてまだ不良債権処理が終わっていないし、労働市場等のさまざまな構造改革をまだ進めていかなければならない。しかし、それでもプラスの成長を続けており、ベクトルは上向きだ。

これに対し、新興国経済のベクトルは下向きである。新年に入っての国際金融市場の動揺も中国から火の手があがった。中国では、成長減速の下で、外貨建て債務の返済、国内投資から海外投資へのシフトが起きており、人民元に切り下げ圧力が加わっている。外国為替市場が徐々に自由化されてきたので、人民元安のスピードはこれまでになく速い。それがさらに不安心理を高めている。

中国経済がさまざまな構造問題に直面していることは、昨今明らかになったわけではない。国営企業に典型的なように、企業債務が膨張している。金融機関を除く企業債務の対名目GDP比率は、90年代初頭のバブル崩壊直前の日本のピークを上回っている。また製造業から非製造業、とくにサービス部門へと産業構造を変化させる必要にも直面している。製造業が経済全体に占めるウェイトは4割程度だ。1980年頃にはすでに3割を切っていた日本と比較すれば、さらなる経済発展のためにはいっそうのサービス化の促進が不可避である。

さらに財政面では、全体としての財政赤字は対名目GDP比でマイナス2%程度とまだ小さいが、地方政府の過剰債務が問題になっており、その処理も進めなければならない。こうした状況の下で、政府発表のマクロ統計に対する信頼性が必ずしも高くなく、実態が正確に分からないことも不確実要因となっている。

中国経済の構造的減速が、原油価格を始めとする一次産品価格押し下げの背景の一つとなっている。一次産品産価格の下落は、その産出国の経済を下押しており、ロシア、ブラジルなどでは2年連続のマイナス成長となりそうだ。

こういった展開は以前から認識されていたことなのだが、ここへ来てにわかに国際金融市場が深刻に受け止めるようになったということなのであろう。先進国経済は上向き、逆に新興国経済は下向きとは言え、それぞれを括ってみれば、成長率はまだ新興国経済の方が高い。したがって、ビジネスの拡大スピードを重視するなら、これからも新興国市場が重要になるが、新興国経済がこれまでのように成長しないとなると、同じペースで利益をあげるのはむずかしい。それでは株式は買えない。

では上向きの先進国経済に企業活動の軸足を動かせるか。売ろうとする製品・サービスの内容は、先進国と新興国とではかなり違う。したがって、単にセールスの焦点を地理的に動かせば良いという話ではなく、その軸足の変更には一定の経営体制の刷新も必要になる。その過程ではなかなか収益は伸びない。やはり株式は買えない。

これまで先進国中央銀行による超金融緩和で膨大な流動性が供給されており、その運用はしなくてはいけないので、株式が買いでないなら、とりあえず別の安全なところへ移しておこうということになる。それが今起きていることだ。光栄なことに、日本円、日本国債はまだ安全だと認識されているようだ。

ここから先は「新しいノーマル」の中味の確認と、「旧いノーマル」を前提に行ってしまった投資、即ち不良債権の処理が並行する。相対的に低成長ながらよりしっかりしている先進国経済と、相対的に高成長ながら中成長に向け構造的に成長率をシフトダウンさせる新興国経済。そういうグローバル経済の「新しいノーマル」の姿がよりはっきりしてくれば、前向きな企業活動が、不良債権処理の後ろ向きの力を抑え、国際金融市場も落ち着きを取り戻すと期待される。

因みに日本経済は、米国同様、不良債権処理の重荷を背負っていない。また、企業のキャッシュフローもここ数年で改善しており、前向きのアクションを取り得る環境にある。ここからの日本企業の活動こそが国際金融市場安定の材料になればいいと心から思う。


この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト

東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト


1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。


関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。

神津多可思

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